第三回 小さき世界に輝く。磨きと彫りの職人技とは。

取材日: 2015年8月6日

文/コダマ タク
写真/satoshi sonoda

第三回 小さき世界に輝く。磨きと彫りの職人技とは。_image

東京の閑静な住宅街の一角。『DAIZOH MAKIHARA』の表札が掛かったアパートの一室が牧原氏の工房だ。部屋の中にお邪魔すると、工具や大型の切削マシン、旋盤、図面などがずらりと取り揃えられている。
ここは牧原大造氏の住居兼工房だ。改めて紹介すると牧原氏は“時計製作師”という一風変わった肩書きを名乗っている時計師だ。前回も書いたが、”時計師”という言葉を使う時、その仕事内容は2つに分けられる。1つは時計の修理を専門とする時計修理師。そしてもう一つは時計の設計や組み立てなどの製作を自らの手で行う独立時計師。牧原氏は海外から調達した時計のムーブメント(メカ部)をベースに磨きや彫りを施すことから、仕事の内容としては時計の製作、どちらかというと後者に近い。
前回は彼が“時計製作師”になるまでのプロセスを紹介したが、今回は、精緻さと大胆さが求められる、そして牧原氏が最も得意とする磨きと彫りの手仕事にクローズアップしてお届けしたいと思う。

時計の価値を決めるといっても過言ではない“磨き”と“彫り”の技術

作業の話に入る前に一つ問題を。時計の世界を知らない方は「なぜ時計がウン百万円もするのか」という疑問を持つ人もいるだろう。そもそも高級な時計とそうではない時計の差は何だろうか?
その答えとして、筆者としては、素材や複雑な構造を持つものも高級時計には欠かせない要素ではあるが、「手間が掛けられている」ということにあると思う。
たとえば美しい紋様を描く彫金や、まるで鏡のように顔が映るまで磨きをかけられたパーツの数々。機械では行うことのできない、人の手だからこそできる装飾がかけられることで、価値も上がっていくものだと考える。
牧原氏の”彫り”と”磨き”の手作業には時計の美しさを洗練させる技が潜んでいるのだ。

持ち主のみが知る細部に秘められた美しさ

そもそも時計の装飾は裏面に施される場合が多い(もちろん表面に貴石などをあしらったタイプのものもある)。なぜ裏面なのか? 正直なところその答えは時計師によって答えは変わってくるだろう。筆者としては「裏面=着けている人だけが分かるもの」、つまり所有欲を満たしてくれるという意味合いが強いのものだと思っている。ちなみに時計製作と彫りという2足のわらじを履いている時計師は、日本広しといえども牧原氏くらい。製作も行うことによって「どのパーツをどれくらいまで彫って良いかが分かる」のだそうだ。

実際に磨きの様子を見せてもらった

磨きのステップは大きく分けて3つある。
1:金属のヤスリで大まかに削っていく
2:紙やすりで素(「す」と読む。金属の中にある気泡で粒々になってしまっている状態)をつぶし、表面をなめらかにする
3:研磨剤やジュートスティック(黄麻)という植物の茎の部分を使って鏡面にする。植物の細かい繊維が金属の表面をより滑らかにする

これらの作業を1パーツにつき休みも無しに5~6時間はかけてじっくり仕上げていく。場合によっては1日かかることもある。集中力と根気強さをひたすら求められる作業なのだ。何ヶ月もかけて全てが完成した時は牧原氏曰く「子どもが生まれるときのような達成感」があるそうだ。

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磨きの際に使うヤスリやエメリースティックと呼ばれる木にとりつけた紙やすりと研磨剤。4,000~10,000番手の紙やすりや研磨剤を使うことによって、顔を映すことができるくらいの鏡面に近づける。

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(写真左)磨き前と(写真右)磨き後を比べてみてパーツのエッジ部分が磨きをかけられてほんのり光っているのはわかるだろうか。 この後さらにパーツ毎に数時間、紙やすりや磨き粉を使って鏡面の状態を生み出していく。

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(写真左)パーツに寄った磨き前。(写真右)磨き後。パーツ全体が滑らかにそして、色味までも変化している様子が分かる。

細い木のスティックで地道に磨き上げる作業が続く。工房には「キュッキュッ」と研磨される金属音が響く。

一瞬たりとも気の抜けない彫り

金属のパーツに彫りを施すことによって華美さが生まれる。
ちなみに牧原氏は下書きはしないそうで、頭の中で思い描いた絵をフリーハンドで彫っていく。
その場で彫りをお願いしたところ、顕微鏡で彫る面を確認しながら、息を止めながら金属を彫る“ビュラン”(細い彫刻刀のようなもの)という工具でサクサク彫られていく。「元々コックをやっていた」というゴツゴツした指からは想像もできない緻密な模様が描かれる。思わず取材現場にも緊張感が走るが、実際に時計の学校で金属加工をしている筆者がその作業を目の前にすると、「すげー!」という言葉を連呼してしまう。ビュランを通して伝わる金属の触感のみで彫っていくのは、並々ならぬ手先の感覚が必要とされるからだ。実際下書きをしていたとしても、1年半ほど金属加工に携わっている筆者には彫ることすらできないであろう。その程度の期間では決して習得することが出来ないのがフリーハンドによる彫金なのである。
そんな牧原氏も彫りを覚えたのは“独学”だそうだ。時計の学校の授業で見ていた彫金師のDVDを見て一念発起。その美しさの虜になったのだと言う。「どうやって彫金を覚えるか」を探してみるとほとんどの彫金師が独学でやっていることに気づいたのだそうだ。だから「俺も独学でできるんじゃないか(笑)」と楽観的な気持ちで覚えていった。とはいってもやる気がなければ数年でフリーハンドで彫れるようにはならないだろう。

テンプ受けというパーツに彫金をした様子。これは“菊模様”。微妙に力を変えながら彫ることによって立体感があるのが特徴だ。

テンプ受けというパーツに彫金をした様子。これは“菊模様”。微妙に力を変えながら彫ることによって立体感があるのが特徴だ。

牧原さんが得意とする菊模様を彫っているところ。完成をイメージしながらフリーハンドで彫り進めていく。

時計の彫金には様々なものがある。たとえば時計に装飾される模様で有名なものだとアラベスク(唐草)模様などがある。1700年代から1900年代初頭の高級な懐中時計にはこの模様が施されている場合が多い。植物を模したり、幾何学模様になっていたりするこの紋様は、時計に流麗さを与えてくれる。なぜ自分の時計の彫金を“日本菊”の紋様にしたのか聞いてみると、「日本の国花でもあるし、これから世界の市場を狙っていくには良い象徴」と語ってくれた。この言葉を語る牧原氏の瞳には、実直さだけではない、高い野心を読み取ることができた。

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彫金師の中には「彫った面がそのまま鏡のように光らせる職人がいる。そこまでの職人になれたら完ぺきだね」と語る牧原氏。また「今後は小さなムーブメントへの彫金や、七宝(エナメル)にも挑戦したい」と“やることリスト”は溜まる一方の様子。実直にモノ作りを続けていくことによって、きっとその願いは叶うことだろう。

人が腕時計を見るのは1日に8回程度だという一説もある。見る度にモノのストーリーを感じることができれば、より豊かな時間を所有者は過ごせるのではないだろうか。

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