ようこそ、トランクショーへ。――ビスポークシューズの醍醐味を体験する――

取材日: 2017年4月7日

文・写真 / 石見豪

ようこそ、トランクショーへ。――ビスポークシューズの醍醐味を体験する――_image

前回、前々回と靴職人を訪ね、その個人史を通して、作品に滲み出るセンスの根源を探ってきましたが、今回はトランクショーからビスポークシューズの魅力について掘り下げたいと思います。

ビスポークシューズだけでなく、ビスポークスーツ、ビスポークシャツ等、ミューゼオ・スクエアでも常用語になっている、ビスポーク“bespoke”という単語。

英動詞 “bespeak” 【予約する、あつらえる、注文する】の過去分詞形から派生して出来た言葉だ。さらに、この“bespeak”は、元々【相談する、議論する、遠慮なく話す】という意味で使われていたのが転じて、現在の語義になった。

(オックスフォード英英辞典参照)
このように言葉の意味が変化したのは、ビスポークをオーダーする時には、誰しもあれこれ思いを巡らせ、職人と話し込むからだと思う。

ビスポークシューズの場合、ラストの形から靴のデザイン、革の種類と色、仕上げ方まで、職人との会話を通して「これだ」と思えるひとつを選り出す。すべての選択肢を並べて確率の計算式をたてれば、分母はかなり大きい数字になるだろう。その中から選ぶと思えば当然、職人との密なコミュニケーションは欠かせない。注文する側にも、モノに対するこだわりと愛情があってこそ成立するのが、ビスポークなのだと思う。

つい最近、私自身、この言葉が持つニュアンスにぴったり当てはまる「ビスポークらしさ」を実感する機会があった。それがタイトルにもある、トランクショーだ。

4月7日、8日に当店TWTGにおいて、イタリアのビスポークシューズブランド、Riccardo Freccia Bestetti(通称Bestetti、ベステッティ)の本邦初となるトランクショーを開催したのだ。シンガポールのセレクトショップLast & Lapelのオーナーであり、私の友人でもあるAlvin氏(アルヴィン氏)から紹介があり、実現した。イタリアよりブランドの現オーナーであるMarco Facchinetti氏(マルコ・ファッキネッティ氏)が来日し、製法の説明から足の採寸まで、通訳者を介して、お客様一人一人に対して個別に行う形式をとった。

Bestetti現オーナー、Marco Facchinetti氏(マルコ・ファッキネッティ氏)

Bestetti現オーナー、Marco Facchinetti氏(マルコ・ファッキネッティ氏)

Bestettiは、日本ではまだ知る人ぞ知るブランドかもしれない。ここで、ざっと説明させてもらおう。

靴職人、リッカルド・フレッチャ・ベステッティが創設した、ビスポークシューズがメインのブランドで、滑らかな線が描く起伏の美しさと、そのフォルムからは想像できない、履き心地の良さに定評がある。昨年リッカルド氏が49歳の若さで逝去してからは、20年来の親友であり、生前からブランドの運営に深く携わってきたマルコ氏が引き継いでいる。

現在も、リッカルド氏が創業時からこだわり続けたVigevano(ヴィジェーヴァノ、19世紀中頃より製靴で知られるミラノ近郊の街)の工房にて、新たに熟練の職人を数名加えた11名で、フルハンドメイドの靴を製作している。

少し先走ってしまったので、話を戻そう。まずは、トランクショーとは、どんなものなのか。

言葉は耳にしたことはあっても、実際のところはわからないという人も多いだろう。日本においては、まだまだ馴染みの薄い文化なのかもしれない。私自身、「トランクショーは、こんなものだ」と断言できるほど多くを知っているわけではない。だから、ここでお話しするのは、あくまで私の知っている範囲のことであり、一例に過ぎないと先に断っておきたい。

まず大枠について書くと、トランクショー “trunk show” とは、広義には、メーカーやデザイナーが最新コレクションを展示販売したり、ビスポークの受注をしたりする場のことを指す。

19世紀の初め頃、メーカーが洋服や宝石等の商品をトランクに詰め、あちこち旅をしながら顧客に売って回ったのが起源だ。主にアメリカで定着した販売スタイルだそうだが、その国土の大きさを考えれば、これにも納得できる。地方に住む人たちはきっと、トランクショーでトレンドを更新し、新しいアイテムを入手していたのだろう。

トランクショーの中でも、私が今回フォーカスしたいのは、ビスポークのものだ。テーラーや靴職人が店舗に出向き(比較的小規模であることが多い)、サンプルを展示して商品の案内を行い、顧客が購入を決めた時は、その場で採寸する。

当然かもしれないが、ビスポークは納品までに時間が掛かる。靴であれば、半年から1年が目安だ。早くて数か月後に仮縫いされたものが仕上がってくるので、それを試着して(フィッティング)微調整を加えてもらい、更に完成までの時間を経て、ようやくワードロープの一員として数えられるのだ。

話して、触れて、感じて。好奇心を刺激するトランクショーの世界

トランクショーの当日の流れについて順を追って、もっと詳しく説明したい。

1:情報を入手する。

すべてはここから始まる。もちろん、トランクショーが開催されるお店の顧客であれば、自然と情報が耳に入ると思う。私は普段から限られたお店にしか行かないので、小まめな情報収集とまではいかないが、思い出した時には調べている。

国内ブランドでも海外ブランドでも、ネット検索してみてはじめて、トランクショーをしていたと知ることが多い。特に、まだ日本で本格的に展開していない海外ブランド等は、探さないと見つからない。また、Bestettiのように、セレクトショップでの取り扱いがあるのは、RTW(ready to wearの略、既製品のこと)のみで、ビスポークラインはトランクショーでしか手に入らないブランドもある。

トランクショーを開催するお店によっては、予約が必要なこともあるので、事前の確認をお勧めする。今回のBestettiのトランクショーも、予約制にさせていただいた。

お客様に、現オーナーのマルコ氏との会話を楽しみながら、サンプルを手に取り、足入れして、吟味していただく方法を考えた結果だ。実際に、通常のショッピングよりも所要時間は長く、平均して40分から1時間ほどだった。もちろん、ウォークインのお客様も大歓迎だが、当店に限らず、お客様の待ち時間を考慮して、予約制にしているお店も少なくないと思う。

2:ブランドの担当者との会話を楽しみながら、サンプルを見てイメージを膨らませる。

革の種類のサンプル

革の種類のサンプル

サンプルシューズ

サンプルシューズ

お気に入りのブランドだけでなく、新たに興味を持ったブランドも、トランクショーに行って担当者から直接話を聞くのが、詳しく知るための一番の近道かもしれない。
知識なら本やインターネットでも得られるし、メーカーの美点やそれぞれのモデルの特徴についてなら、わざわざ本家に聞かなくても、上手に説明してくれる販売員は、きっとたくさんいる。私もその一人だという自負もある。
しかし、思い入れの強さは、絶対にそのブランドの人間には及ばない。ビスポークメーカーたちは、商品が顧客にとって長く付き合える特別な一品になることを、誰よりも強く願っているのだ。

以前インタビューした、Ann Bespokeの靴職人である西山氏は「お客様の期待に応えられるか考えると、気が重くなる」と言っていた。これは、実際にラストのひと削りからステッチのひと針まで、すべてに携わり、こだわり抜く職人ならではの言葉だと思った。モノを作り、作ったモノの価値を他人に認めてもらうことの難しさを知っているからこそ、余計に責任を感じるのだろう。
私はインタビューという特別な機会を得て、このような話しが聞けたが、トランクショーも、普段は表に出てこない製作側の人間と話が出来る、数少ない場のひとつだと思う。 

MuuseoSquareイメージ

Bestettiのトランクショーでは、まずマルコ氏がサンプルを手に取って、Bestettiのシグナチャーと呼ばれる2種類を中心に、全7種類あるラストの特徴や、エキゾチックレザーを含めた革の種類について説明していた。通訳者を介していたが、会話はスムーズだったし、終始和やかな雰囲気で、お客様にも気兼ねなく質問していただけたように感じる。
たとえば、3Dプリンターが進化した今、テクノロジーを導入すれば、マルコ氏が採寸するよりも正確なラストを作れるのではないかという質問があった。
これに対してマルコ氏は、「実際に、最新のテクノロジーを駆使して靴を作るプレタポルテのブランドもあるでしょう。しかし、私は、手で直接足に触れて採寸することで、単純に数値を計る以上の情報を得ていると思います。足に触れながら、凹凸や硬さを見ていますし、それぞれの癖に合わせてどれくらい靴を調整すべきかを考えています。私は、別の方法に変えようと思ったことがないです」と率直に答えていた。
トランクショーならではの、面白い一幕だと思った。

3.具体的に決める。

この項目からは、商品によってかなり工程が違うと思うので、ビスポークシューズに限定して書きたいと思う。
サンプルを見て気に入り、購入を決めたら、数ある選択肢の中から自分にとって最適なひとつに絞り込んでいく。
ビスポークのトランクショーで語られるのは、最新モデルや流行のスタイルよりも、あなたが必要なモノだ。

ハンドソーンウェルティドの製法に惹かれる人、個別のラストを持つことにロマンを感じる人、細部のデザインまでこだわりたい人。当然、予算の問題もある。
足に合った靴が欲しくてビスポークにするのに、ラストだけでなく、デザインもすべて自由に決められるラインを提案されたら、単に迷うだけかもしれない。ある程度の枠がある方が良いということも、大いに考えられるのだ。
ビスポークシューズを求める理由も背景も、実際のところ人それぞれだから、ブランド側も、ニーズに出来る限り応えようと、複数のラインを設けていることが多い。

今回のBestettiのトランクショーでは、ラストは足に合わせて個別に作り、デザインは既存のモデルから選ぶNovecentoというラインが、ラストもデザインもすべてカスタマイズするFull Bespoke以上に人気があった。
上記のビスポークの2ライン以外に、既存のラストを使った革の種類、色、モデル等を選ぶ、いわゆるパターンオーダーのMTO(made to orderの略)がある。稀ではあるが、サンプルを試してみて、既存のラストが足にぴったりとフィットし、どこにも違和感を覚えない場合、MTOは賢明な選択だと言える。(ビスポークとMTOでは、ディテールや仕上げ方に差があることも多いので、一概には言えないのだが)

*パティ―ヌ・・・仕上げに施される染めのこと。

*パティ―ヌ・・・仕上げに施される染めのこと。

ここでは、特に好評だった「個別ラスト×既存デザイン」のライン、Novecentoを例にあげておこう。

MuuseoSquareイメージ

ビスポークにおいて、ラスト選びは重要だ。単純に、自分の足に合わせて作られたという特別感を味わえるだけではない。ラストは洋服でいうところの型紙にあたる。1足目の完成後もブランドの工房で大切に保管されるので、後から1足目と同じラストを使って、モデル違いで2足目、3足目とオーダーすることも出来るのだ。この場合、新たなラストの製作費が掛からないため、1足目よりも割安の価格で購入できることが多い。そういう点も考慮して、ひとつ目のラストには、特徴のある形よりも中庸なものをお勧めしたい。

MuuseoSquareイメージ

MuuseoSquareイメージ

同じラストを使ったストラップシューズとローファー。同じ形でも、モデルが違えばまったく別物になる。

Bestettiのモデルは、大きくわけて、レースアップシューズ、ストラップシューズ、ローファーの3種類がある。更に、内羽根式、外羽根式、シングルストラップ、ダブルストラップ、タッセル付き、バタフライ等、ディテールによって細分化される。
モデルについては、デザインが好みであることは大前提だが、同時に、既にどれくらいの数のどんな靴を持っているのか、今回のペアはどんな場面で履きたいのかも併せて考えておきたい。使用頻度や用途によって、選ぶべきモデルも、革の色・種類も変わってくる。気になることがあれば、質問して明確にすると良いと思う。

イタリアから持参してきた、数多くのテストシューズ

イタリアから持参してきた、数多くのテストシューズ

まず目安に、既製靴の足のサイズ(UK規格)を、テストシューズで確認する。マルコ氏は、お客様の足の形と既存のラストとの差異もチェックしていた。

4.採寸

MuuseoSquareイメージ

靴好きの人ならば、色々なサンプルを比べて、欲しい1足に絞り込む時点で、既にお腹いっぱいになっているかもしれない。しかし、採寸の時には、もっともビスポークを買うという実感が沸くと思う。
マルコ氏が専用の紙にまず足の輪郭を取り、足の各部位を細かく採寸していく。ビスポークをオーダーした記念に、この様子を写真に収めるお客様も少なくなかった。

私もまず1足作ってもらうことにした。我ながら、真剣にマルコ氏の手元を眺めている。

私もまず1足作ってもらうことにした。我ながら、真剣にマルコ氏の手元を眺めている。

以上がトランクショーの当日に行われる。支払いも納品時ではなく、通常はトランクショーの最後にする。

完成は1年後。待つ楽しみもビスポークならではの醍醐味

Bestettiのトランクショーでは、トランクショーだけでなく、ビスポークシューズをオーダーするのもはじめてのお客様もいらっしゃったが、ありがたいことに、「想像以上に楽しかった」という感想を多くいただいた。
頭の中にある理想の靴のイメージが、具体的な形になると思えば、「ビスポークは、完成までの待ち時間ですら楽しい」と言われるのにも頷ける。

約3カ月から半年後に行われるフィッティングから、約半年から1年後の完成までの工程については、次回の番外篇で詳しく書きたいと思うので、乞うご期待!

-- おわり --

File

リッカルド・フレッチャ・ベステッティ

イタリアのビスポークシューズブランド。
その起源は、意外にも彼の本国イタリアではなく、アメリカにある。
リッカルド氏が、約20年前に旅先のL.A.でウェスタンブーツの工房を訪れたのが、すべてのはじまりだ。そこで彼は、職人の手仕事に魅せられた。また、一見すると足が痛くなりそうな、細身のデザインにも関わらず、「カウボーイはブーツを履いたまま眠る」と言われるほどの履き心地の良さに感動し、指導を仰いだ。
帰国後は、ウェスタンブーツで学んだ、エレガントなラインと履き心地の良さを両立させる技術を活かし、ドレスシューズを手掛けはじめ、同ブランドを設立。生涯、その技術を研鑽しつづけた。

[HP] http://www.frecciabestetti.com/
[Instagram] https://www.instagram.com/bestettishoes/

Brand
Read 0%