切手愛好家・岡田 博義さんの切手とともに甦る懐かしい風景とは。

取材日: 2017年2月1日

取材・文/廣瀬 文
写真/本多 祐斗

切手愛好家・岡田 博義さんの切手とともに甦る懐かしい風景とは。_image

子どもの頃に切手収集をしたことがある、という人は一体どれほどいるだろうか。今回インタビューした岡田博義さんも1970年代頃の切手収集ブーム時に夢中になった少年の一人。切手コレクター岡田さんが数センチ四方の小さな紙片にどんな魅力を感じ、夢中になっていたのか。数十冊の切手コレクションファイルを前に切手収集の楽しさを語ってもらった。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

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「毎日のように近所の切手屋さんに上がりこんでたんです」

「当時は僕の兄弟をはじめ同世代の友達がみんなこぞって切手を集めていましたね。私も兄の影響で始めたんですが、持っていない切手をどんどん入手してコンプリートを目指すのが楽しかったんだと思います」
何十冊ものコレクションアルバムを前に、切手コレクターの岡田博義さんが切手集めに夢中になっていた小学生時代を振り返って話してくれた。

集めていた切手たちは全て切手ストックブックにキレイに収納されている。

集めていた切手たちは全て切手ストックブックにキレイに収納されている。

岡田さんは飲食業を営む両親の元、4人兄弟の次男として育った。
「両親が自営業で忙しくしていたんで、なかなか相手をしてもらえなくて(笑)。学校が終わってからはいつも家の3軒隣の切手屋さんのお家に上がりこんで、そこのご夫婦に相手をしてもらってたんですよ」

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遊びに出入りしていたお家が切手屋だったせいだろう、ご主人が仕入れてきた大量の切手を整理するお手伝いをするのが日課となり、岡田さんの切手収集も一層熱が入ったという。ちなみに岡田さんの慣れ親しんだ切手屋さんとは、切手、切手カタログ、ストックブックなどを切手収集家向けに販売していたところ。1970年代当時は町に切手屋さんはたくさんあったのだという。

「仕入れも大きいダンボールにどさっとすごい量だったんです。しかも、はがきや封筒についたままだからまずはぬるま湯につけて切手の糊を剥がすところから。そのあと、一枚一枚、国別、シリーズ別なんかに仕分けして。今思うとかなり地道な作業をしていたんですが、僕にとっては絶好の遊び場所でしたね」

小学生当時、岡田さんがどう切手をコレクションしていたのか見せてもらった。白い台紙(またはノート)に、分類タイトルや切手のシリーズ名、枠線を書き込む。筒状に形作ったセロファンを台紙に貼り付けカバーとし、そこに一枚ずつピンセットで切手を差し込んでいく。とってもアナログな作業だ。

岡田さんの自作のコレクションファイル。枠線が丁寧に引かれ、切手についての情報も書き込まれている。

岡田さんの自作のコレクションファイル。枠線が丁寧に引かれ、切手についての情報も書き込まれている。

「切手屋さんでもこんな風にして台紙をお店に展示してたりなんかして。僕がお手伝いで作ったものも結構お客さんに好評だったみたいなんです。親父さんから『岡田くん、また売れたよ!』なんて言われるのが嬉しかった」
お手伝いのお駄賃はもちろん切手。そうして、小学生時代から始まった岡田少年の切手コレクションは年々着実に増えていったのだという。

切手収集の歴史

手軽にはじめられる趣味の一つが切手収集だが、実は長い歴史があるのをご存じだろうか。

世界最初の切手が発売されたのは1840年。その翌年に使用済み切手を部屋の壁紙にしたいという人が現れた。つまり、1841年が世界で最初の切手収集がはじまった起源ではないかと言われている。

日本では、グリコが商品のおまけに切手を入れた1957年以降に切手収集ブームが起きた。記念切手がたくさん発行されたのもこのころ。だが、あまりにも記念切手が発行されたこと、昔は1枚単位で購入できていた切手がシート単位でしか購入できなくなったことなどにより、切手収集は衰退して行った。ただ、集めがいに燃える収集家もおり、現在でも根強い人気がある。

いつの間にか地理、歴史が得意に。外国切手が教えてくれたこと。

岡田さんが収集していた当時、外国の切手は数枚ランダムに組み合わされて、1セットだいたい10円〜30円ほどで販売されていたという。それを月100円もらっていたお小遣いから買っていたそう。

岡田さんが収集していた当時、外国の切手は数枚ランダムに組み合わされて、1セットだいたい10円〜30円ほどで販売されていたという。それを月100円もらっていたお小遣いから買っていたそう。

コンプリートを目指していく収集の過程が楽しいと語っていた岡田さん。もう一つのコレクションした切手の楽しみ方を教えてもらった。

「集めた切手はやっぱりまじまじ見入ってましたね。どこの国の切手で、何が描かれているのか。小学校の地理の時間にベルギーという国について調べる課題があったんですよ。普通は写真図録とか百科事典から探すんでしょうけど、僕の場合は切手。切手には土地の名所、名産、歴史的イベントなどうってつけの情報がたくさん含まれていましたからね」

なんとその授業で実際に岡田さんが書き出したノートが今も残っていた。

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「図鑑には乗ってないような珍しい情報も切手の絵柄にはあったりして。切手を見ながら行ったことのない国へのイメージも膨らませるのが楽しかったですね。歴史も地理も切手の絵柄と結びついて、すごく好きになりましたし得意になりました」
確かに、記念切手として発行されるものは歴史的に重要な出来事と結びついていることが多い。

岡田さんお気に入りの切手コレクションを一部ご紹介

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30年ほどの時を経て約1000倍の価格に⁉︎ 中国切手 1971年パリコミューン100年

岡田さんが1972年に120円ほどで入手した4枚切手。当時の価格は高くなかったのだが、2000年代の中国バブル期になんと2万円に(4枚セット)。この価格の変化を知って岡田さんも驚いたという。ちなみに、耳付き(印刷元を表す銘板)が付いている状態のものの方が価値が高いとのこと。

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日中友好の証。日中間の定期便開通の記念国際郵便。

日中間の空の定期便が開通した際に、日本から北京、そして北京から日本へと飛んだ両便に包んで運ばれた記念国際郵便。通称:FDC(First Day Card)。その開通日付が消印として押されている。

ちなみにネットもなかったという岡田さんの少年時代。切手の情報はもっぱら「切手図鑑」から入手していたという。

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岡田さんが赤く囲っているところが入手済みのもの。赤線を引いた太文字数字は切手発売時の価格、その隣の数字が図鑑掲載時の価値を表している。

この図鑑にどこの国のどんなシリーズの切手が発行されたか、そして市場価格がいくらで売り買いされているかまでの情報が集約されていた。
「この図鑑を見ながら、自分が持っている切手の所にチェックを入れて、そのシリーズのコンプリートを目指しました」

めくるたび収集した頃の自分を思い出す。タイムカプセルのような存在。

さて、小学生時代から始まった岡田さんの切手コレクションだが、夢中になって集めていたのは高校を卒業する頃までだったという。その後、調理師学校、就職、結婚など自身の環境の変化の中で切手集めからは少し離れていたそうだ。

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「ただ、ちょうど私が40歳くらいになる頃でしょうか、切手屋さんの奥さんが体の具合を悪くしましてね。自営兼店舗だった場所を取り壊すことにしたんです。その時に、私が切手を好きだったこともあって、切手屋さんでのコレクションを全て私に譲ってくださったんです」

今では少年時代からの自分のコレクション(一度も手放していない!)と親父さんから引き継いだコレクションとで、収集ファイルは30冊をゆうに超えている。

岡田さんはWEBサービス ミューゼオでも切手コレクションを管理している。

岡田さんはWEBサービス ミューゼオでも切手コレクションを管理している。

「切手はもちろん好きですが、今は整頓や管理がもっぱらで、新しい収集はしていないんです」
最近は自身のコレクションをネットワーク上でも管理整頓しようとチャレンジ。(岡田さんのミューゼオでの切手コレクションはこちら) 岡田さんの中でも切手を集める楽しさからまた別の楽しさに移ってきているようだ。

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「今、私にとって切手はタイムカプセルのような存在なんです。しばらく離れた時期を経て、改めて切手一枚一枚見ていると、集めていた頃の楽しい気持ちや、お世話になった切手屋の夫婦とのやり取りなんかが懐かしく思い起こされてくるんですよね」

好きなモノ、大切にしてきたモノを改めて見つめる時間。時にはモノと共にした思い出に浸ることで、よりその結びつきを深めてくれることもあるだろう。

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