英国老舗の正統派スタイルを踏襲。指折りの仕立て職人・BLUE SHEARS(ブルーシアーズ)久保田博のブレないテーラリングとは。

英国老舗の正統派スタイルを踏襲。指折りの仕立て職人・BLUE SHEARS(ブルーシアーズ)久保田博のブレないテーラリングとは。_image

取材・文/倉野路凡
写真/佐々木 孝憲

紳士服のオーダーメイドに憧れる人ならば知っているだろう、イギリス・ロンドンのサヴィル・ロウストリート。老舗高級テーラーが軒を連ねるその土地で修行を積み、腕利きのビスポークテーラーとして活躍しているのが久保田博さんだ。修行時代から今まで一貫してブレることのない久保田さんの職人としての仕事について倉野さんがインタビューしてきました。

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英国御用達・ギーブス&ホークス初の日本人カッター。

久保田さんが手がけたディナージャケット。その隣には本国のGieves&Hawkes(ギーブス&ホークス)から発行されたディプロマがかかっている。

久保田さんが手がけたディナージャケット。その隣には本国のGieves&Hawkes(ギーブス&ホークス)から発行されたディプロマがかかっている。

ロンドンのサヴィル・ロウのなかでも英国王室御用達(ロイヤルワラント)という輝かしい歴史をもつギーブス&ホークス。久保田博さんは6年間にわたりギーブス&ホークスでテーラーリングを習得し、帰国後の2005年に自らの店舗「ブルーシアーズ」を構えた仕立て職人だ。型紙製作から生地の裁断、仮縫い、縫製まで行えるテーラーでありカッターなのだ。

★テーラーとカッターの違いについて★

英国では採寸、型紙、裁断、仮縫いまではカッター(裁断師)の仕事。縫製がテーラーの仕事といった具合に色分けされている。

芯地を一から作るこだわりよう。丁寧かつ実直な仕事がリピーターから愛される所以。

右手に座っているのが久保田さん

右手に座っているのが久保田さん

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「ブルーシアーズ」は閑静な住宅街にあるサロン的な店舗だ。渋谷にも工房(スーツ作りの教室を開催)を構えていて、最近ではそちらで作業を行うことが多いとか。現在展開しているオーダーは大きく分けると「パターンオーダー」と「フルオーダー」。前者は縫製工場による縫製で約10万円からとリーズナブル。しかし9割のお客さんは後者のフルオーダーを選ぶという。つまり久保田さんが自ら作るスーツが欲しいのである。フルオーダーには「ニューオーダー」と「ビスポークオーダー」の2ラインがあり、その違いは以下の通り。

【ニューオーダー】

ミシンを使った工程が多い。出来芯を加工して使っている。価格21万円~+税。
ちなみにニューオーダーという呼び名はイギリスの伝説のバンドから命名。

【ビスポークオーダー】

手縫いの工程が多い。一から芯地を作っている。価格33万円~+税。
ともに採寸後に型紙を作り、仮縫い、中縫いの工程も行っている。

出来芯というのは芯地を作っているメーカーにサイズなどを指定して発注し作ったもの。ニューオーダーではその出来芯に、お客さんに合わせてダーツを入れたり再加工して使っている。一方のビスポークオーダーでは毛芯、バス芯、フェルトを組み合わせてオリジナルの芯地を作っている。お客さんの好みや生地との組み合わせを考えて作っていくのだ。そのため芯の硬さを考えたり、ハ刺しやダーツを入れたりして最適な芯地に仕上げていくのだ。このように時間をかけて一から芯地(胸を立体的に見せるために必要な副資材)を作っているテーラーは数が少なく、スーツに対する真面目さのあらわれともいえる。

本場サヴィル・ロウ仕立てが随所にあらわれる、久保田さんのスーツ作り。

採寸箇所は約20。サイズを測りながらその人の体型の特徴も確認し、事細かにサイズ表に記載していく。

採寸箇所は約20。サイズを測りながらその人の体型の特徴も確認し、事細かにサイズ表に記載していく。

ギーブス&ホークスに籍を置いていたこともあり、ブルーシアーズでスーツを作るお客さんの多くはブリティッシュスタイルのスーツを求めている。日本でもイギリス調のスーツを作っているテーラーは多いが、本場の仕立てとどう違うのか気になるところ。実際にロンドンのギーブス&ホークスならではの仕立て方があるのか確認してみた。

「日本よりタイトフィッティングに仕立てる場合が多いです。カッターは体に近づけて仕立てるという考えが根底にあるのですが、窮屈に感じさせない。違和感をもたせないように研究しています」とのこと。そういえばTurnbull&Asser(ターンブル&アッサー)のシャツもできる限りタイトに作るというのを聞いたことがある。ただし久保田さんは日本人に合わせて少しゆとりをもたせているという。

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3ボタン1つがけのベーシックなスーツ。シェイプしたウエストライン、立体感のあるチェスト、直線的なフロントカットなど、英国のスーツを彷彿させる。背中の縦じわはアイロンでのクセ取りの成果。動きやすさを追求した証。服地はH.Lesser & Sons.(H.レッサー)。

「ブルーシアーズでは平均6センチのイセ込み量をとっています。袖付けの仕方も日本ではぐし縫いをしてイセ込むのですが、ギーブス&ホークスでは少しずつイセ込んでいきます。日本の縫い方のほうが合理的で失敗も少ないと思いますが、ギーブス&ホークスではぐし縫いはしなかったですね」と久保田さん。

★ターンブル&アッサー★

1885年にロンドンで創業した英国王室御用達のシャツメーカー。映画007シリーズの俳優やハリウッドスター、セレブを顧客に持つことでも知られている。派手めのストライプと大きめの衿がトレードマークになっている。

★イセ込み★

肩のイセ込みと袖のイセ込みがある。イセるとは生地を縮める工程のことで、とくに袖のイセ込みを指す場合が多い。小さく作った身頃側のアームホールに対し、大きく作った袖側のアールホールを合体させる際に、袖側のアームホールを縫い縮める作業のこと。日本ではグシ縫いをして袖山を縮ませる場合が多い。テーラーによってイセ込む分量も異なるが、イセ込むことで腕の運動量を増やすことができ、快適な肩周りを作ることができる。

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縫製ではないのだが型紙でも特徴があるそうで、採寸してから型紙の引くときに公式のようなものがあり、その計算式をもとに型紙を作るそうなのだ。チェスト40インチならここは何分の一インチだとか・・・。ただしアングロサクソンと日本人の体型が異なるため帰国後はその計算式をアレンジして使っているそうだ。ちなみに彼が使っているメジャーはインチ表示のものだ。

ディティールパーツに反映される久保田さん得意のブリティッシュスタイル。

これはギーブス&ホークスというよりサヴィル・ロウでは一般的かもしれない。袖山のイセ込みを施した形状が波立っているようでは駄目なのだ。ナポリ仕立てのようなギャザーのような雨降らし袖はイギリスのテーラーではご法度なのである。袖もナポリ仕立てに比べて細い場合が多いようだ。また、日本人は前肩が当たるといわれているが、そのあたりの補正もしっかり行ってくれる。トラウザーズ(パンツ)のヒップポケットはギーブス&ホークスと同じ右側のみで片玉縁仕様。利き腕が左の場合は左側に付く。

★片玉縁★

ポケットの形状のことで、片方(下側)のみ切り替えしがあるものを片玉縁ポケット、ポケットの入り口の上下にあるものを両玉縁と呼んでいる。

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浅い打ち合わせのダブルブレスト。香港のカスタマーが昔の写真を持参して、それをベースに作ったというジャケット。ウエスト部の切り替えなど、クラシックなディテールを反映させている。服地はH.レッサー。

ブルーシアーズのスーツはブリティッシュスタイルと前述したが、とくにハウススタイルのモデルがあるわけではない。ただ久保田さんのテーラーリングを習得した背景がギーブス&ホークスということもあり、イギリス調の構築的でドレープ感のあるスーツを得意としているのだ。

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シングルブレストピークドラペルの英国らしいディナージャケット(タキシード)。既製品のイメージの強いフォーマルウェアだが、ブルーシアーズではこのようなビスポークのオーダーも多い。

付属品もイギリスから取り寄せているものが多い。トラウザーズのアジャスターやジャケットのボタンやたれ綿(袖山の膨らみ感を出すための副資材。肩パッドとはまた別物)、一部の芯地もイギリスから仕入れている。ボタンは染めた水牛ボタンを使用。イギリスものを使っている理由は使い慣れているからだそうだ。細かなパーツや副資材にこだわっているところも、イギリスのスーツ好きにはとても魅力的に映る。

口コミで広がる確かな仕立て。香港の目の肥えた顧客からも支持が厚い。

現在、ブルーシアーズは香港で年に4回ビスポークの受注会を行っていて、価格は日本に合わせている。金融関係と思われる若い世代のお客さんが中心。いわゆる富裕層のお客さんなのだが、香港という土地柄の影響もあってクラシックなデザインのスーツが人気。香港で人気の生地はマーチャントのH.レッサーの「ラムズゴールデンベール」。素材のクオリティも極上で、仕立て映えする生地だそうだ。来春は上海でのオーダー会の開催も予定している。

★H.レッサー★

H.LESSER&SONS
20世紀初頭に英国で創業したマーチャント。妥協のない最高品質の服地は、高級テーラーから支持され続けている。なかでも「ラムズゴールデンベール」シリーズはオーストラリアの極上の原毛を使い、ハダスフィールドの名門ミルに織らせている。

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Hレッサーのバンチブック。中でも久保田さんオススメなのが、こちらのLumbs Golden Baleという生地。

ブルーシアーズではハリソンズ・オブ・エジンバラやH.レッサーなどのイギリスの生地を中心に、デッドストックの生地も取り扱っている。
イギリスらしいスーツを作りたい方にはブルーシアーズはおすすめのテーラーだ。ニューオーダーかビスポークオーダーにぜひチャレンジしてみてほしい。

ーおわりー

上質な生地の生地バンチがディスプレイのように収められていた。

上質な生地の生地バンチがディスプレイのように収められていた。

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BLUE SHEARS

英国王室御用達で知られるサヴィル・ロウの老舗テーラー、ギーブス&ホークスで修行をした異色のカッター、久保田によるテーラー・BLUE SHEARS(ブルーシアーズ)。

独自の芯地づくりや、緻密な手縫い工程など細部にまで神経の行き渡った仕事でリピーターが絶えない。世田谷瀬田のアトリエは完全予約制のため、訪れる際には事前に電話予約を。渋谷青山には久保田氏が自ら教鞭をとりテーラリングを指導する「BLUE SHEARS ACADEMY」も。

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現在の変貌する紳士服の聖地「サヴィル・ロウ」を象徴する全11テーラーを紹介

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Savile Row(サヴィル・ロウ)A Glimpse into the World of English Tailoring

世界で唯一無二「紳士服の聖地」とよばれるサヴィル・ロウ。そこで生み出されるのは世界最高レベルのテーラリング技術を持つ、熟練した職人たちの手によるビスポーク・スーツである。ファッションやトレンドを超越し、世界中の男たちを魅了してきた、永遠に生き続けるスタイルがそこには存在する。英国王室御用達に輝く老舗から、新進気鋭の新しいテーラーまで、時代の流れの中で大きく変貌を遂げるサヴィル・ロウの実像を、現地取材を通じて映し出した、日本初のヴィジュアルブック。

男性の多様性を称えるファッションの写真集

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The Sartorialist: MAN: Inspiration Every Man Wants, Education Every Man Needs

著名な写真家でファッションエディター、そしてソーシャルメディアでセンセーションを巻き起こしたスコット・シューマンによる、ダイナミックなストリート写真集。世界中のあらゆる年齢層の男性をレンズを通してスタイルの本質を捉えています。「私がこの本に求めていたのは、ルールのリストではなく、多くのサルトリアルな選択について自信を持って決断するのに役立つものを提示しています」と述べている。

公開日:2016年11月27日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

倉野路凡_image

久保田博さんとは、彼が日本に帰国してから、しばらく働いていた45RPMを取材してからのお付き合いだ。当時から出来芯を使わず、一から芯地を作っていたのを思い出す。まったくブレないスーツ作りには頭が下がる。現在のブルーシアーズではスーツをギーブス&ホークスっぽくクラシックに作ってもらうことも可能だが、もう少しモダンな雰囲気に仕立ててもらうのも面白そうだ。

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