万年筆の原点である黒×金の仏壇万年筆を比較分析!

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文/飯野高広
写真/佐々木孝憲

特別感のある筆記具、万年筆。Pelikan(ペリカン)、Montblanc(モンブラン)、Parker(パーカー)、Waterman(ウォーターマン)など、いずれの有名ブランドにもある王道デザインが黒軸ボディに金クリップの組み合わせだろう。一見同じように見えて、全くべつの個性を備えという仏壇万年筆たちを飯野高広氏が語り尽くす! 

飯野氏愛用の仏壇万年筆

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万年筆への人気が今、再び高まりつつあるようだ。

デジタルデトックスばかりがその理由でないのは明らか。カラフルな軸やキラキラ光るインクなど、従来の概念とは異なる製品の登場が功を奏し、実用品として以上に一種のライティングアクセサリーとして、これまで関心のなかった層が興味を示してくれているのだろう。

用いるペンそのもので個性をより表現・伝達し易くなっている訳だから、これは大いに喜ばしいこと。でも、だからこそ今、私はその原点たる黒軸に金トリムが施されたモノに、いっそう興味を引かれる。と言うかこの種の万年筆ばかり、国産・インポート関係なく50本近く集めてしまっていること自体が、凄まじい私の個性なのかも知れない。

前にも書いたとおり、服は黒を普段は身に付けないのに、靴とこのペンのように身体の端に来るものは、逆に黒が大好きなのだから不思議なものだ。

と言うことで今回は、私の大好きな黒金の万年筆を7つほど、それぞれへの思いと共に紹介してみたい。因みに我が国のマニアの間では、その種の万年筆は「仏壇」の一言で通じる。個人的には「位牌」の方がより正確ではと思ったりもするが(爆)……

何本あってもまだ欲しい! Pelikan(ペリカン) M800 Bニブ

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なんだかんだ言って今回の中で最も好きな一本。他色を含め6本持っているうち、3本がこの黒金のモデルだ。

Pelikan=緑縞のイメージが強いものの、黒金メインなのは堅牢さで勝るから。主用途は考え事のノートへの殴り書きなので、6本はペン先が全てB(太字)。これで書くと思考が文字にダイレクトリンクし、ニュルニュル澱みなく出て来るのだから不思議なもの。手紙に使うとちょっと文字が滲んでしまうけど、それはそれでアジも出せる。

ボディーバランスは正直、後述するMontblanc 149の方が好み。しかし、それに比べ「ブランド」色が薄いこのM800の方が心理的に楽に使えるから、ついつい幾つも買ってしまったのだろう。

なお、写真は1990年代半ばに作られた、特にお気に入りの一本。現行品とはキャップ先端にある親子ペリカンの意匠が異なるだけでなく、ペン先もより柔らかなので、書いていてついつい調子に乗りやすい(笑)。

大きいのにバランス抜群! Montblanc(モンブラン) 149 Mニブ

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多くの方が「万年筆」と聴いて真っ先に思い出すのは、恐らくこれだろう。

1952年の登場以来数多くの著名人に愛用されると共に、数多くの極細かなマイナーチェンジ的改良を重ねて現在に至るのだから、当然と言えば当然か。

写真の一本はラッキーにも年配の知人からいただいたもので、ペン芯(ペン先の裏側)の形状やキャップ上部のリングにあるW.-GERMANYの刻印から判断するに1989~90年頃のものだろう。

ペン先の感触は比較的硬めだが、独特のバネ感があるのと、本体の重量のバランスが抜群に良いためか、長時間書いていても全く疲れない。そう、大きさをあまり感じさせない「バランスの良さ」こそ、ある程度色々な万年筆を使った経験があると否定し得なくなるこのペンの最大の特長。

作家に愛用者が多いのが頷ける一方で、ともすれば権威付けとかの打算的な目的でも買われ・使われがちなのが、少々残念でもある。

このシンプルさが懐かしい…… Parker(パーカー) Duofold Centennial Fニブ

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付き合いは大学生の頃からに遡れる、今回の中では最も古くから愛用している一本。以前はXF(極細)のペン先を付けていたが、嗜好と用途が変化した今ではそれをF(細字)に変えるなど、当時のパーツをオークション等で確保しつつの現役続行中だ。

このモデルはCentennialの名の通りParkerが創業100周年、そして本社がアメリカからイギリスに移ったのを記念し製造を始めたもの。全体的にシンプルなデザインながら、クリップとペン先にこのメーカーの長年のアイコン=矢羽根を美しく織り込んだ辺りに、当時の気合いや「覚悟」を感じずにはいられない。

Duofoldはその後、マイナーチェンジを4回行い現在に至るが、個人的に好みなのは次の第二世代のものまで。それ以降のものはデザインが派手で悪趣味になると共に、硬さとしなやかさが絶妙に同居していた書き心地も単に「硬い」だけになってしまい、黒金とて購買欲が全く湧かない。

マジで復刻していただきたい Waterman(ウォーターマン) Le Man 100 Mニブ

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万年筆を開発したメーカーが創業100周年を記念し1983年に売り出したモデルで、こちらは個人的に最も好きな中間の第二世代のもの。

因みに第一及び第三世代とはペン先の刻印が大きく異なると共に、後の世代ほどその硬さも増して行った。今回の中では唯一、キャップをネジではなくパチンと噛み合わせで開閉する一本。いつもはこの機構が劣化しないか心配でハラハラ使いがち。でもサッと瞬時に筆記態勢に持って行く必要がある時は、もう便利この上ない。

持った時のバランスや書き心地も特段のクセがない、要は誰にも「嫌い」とは言わせない普遍的な傑作なのに、どうして21世紀を待たずに廃盤にしたのか、未だに理解に苦しんでいる。

戦後アメリカからフランスに本拠を移して以降、デザインの先端化・個性化が鮮明になったWatermanなので、区切りのモデルがこのような正統派なのは、逆に「異端」だったのかもしれないが……

一見普通、実は超クセモノ! Sheaffer(シェーファー) Grande Connaisseur Fニブ

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今回の中では唯一の金属軸の一本で、真鍮に塗装を施してある。Sheafferはアメリカのブランドなのに、1980年代末期から90年代前半に売られていたこのモデルはアメリカとイギリスで製造され、写真のこれは後者。

リング状に巻いたものや菱形のものなど、このブランドの万年筆のペン先は形状に特徴が強いものが歴代多く、またそれらの方にファンも圧倒的に多い。

しかし個人的には、極めてオーソドックスな形状に纏められたこのペン先の方にこそ惹かれるものがある。視覚的に安心感があるからかも?

何せ金属軸なので、当然ながら重量感が手に伝わり易い以上に、重心が後方に持って行かれがち。故に慣れないと書き心地が制御できない点は、かつてのアメ車のシートに座った際に出がちだった「酔い」にちょっと通じるところがある。ところが一旦この「クセ」を覚えてしまうと、無二の感触に病み付きで、もう、手放せない!

鉛筆の優しさに合い通じる Aurora(アウロラ) 88 Mニブ

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Auroraと言えばイタリア製らしい煌びやかなマーブル軸のOptimaの方が明らかに人気で、日本未発売ながら黒金も存在する。でも自分は地味めのこの88の方に不思議と目が行きがちだ。

ペン先が今回の中では唯一の14金(他は全て18金)だったり、インクの回転吸入機構にリザーブタンクを備えていたりなど、設計は嗜好性よりあくまで実用性最重視。自宅外で文書を作成中、インクが枯れそうになりこのリザーブタンクに助けてもらった経験も実際にある。そんな何気ない気配りを全体の曲線美に結晶化させているのが、いかにもイタリアの老舗の筆記具メーカーではないか!

この中では最もコンパクトかつ軽い一本で、やや細目でサクッとした素朴な書き心地はまるで鉛筆のよう。なお、この万年筆はペン芯がプラスチックではなく古典的なエボナイト。ペン先の色が赤みを帯びているのは、このエボナイトが反応を起こしているからだ。

希望を叶えてくれた喜び! Onoto Magna Classic Mニブ

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この夏購入した最新の一本は、戦前に一世を風靡したイギリスものの復刻版。

製造元こそ当時とは異なるものの、どの国の人でも正しく発音できるOnotoなるブランド名は、七つの海を支配した当時の大英帝国からの大いなる遺産だ。

実はこのモデルの黒金は、通常は軸に細かな彫りが入ったもののみで、こちらは日本橋の丸善による別注品。以前「彫り無しが出たら買います!」と店員さんに宣言したのが見事に叶ってしまい、購入は半ば必然だった。一体何本作らせたのかは定かでないが、恐らく3桁は存在しない筈。

因みに丸善はここの万年筆を戦前我が国に数多く輸入しており、様々な縁や絆を感じさせる一本でもある。樹脂製の本体に真鍮が筒状に嵌め込まれているため、見た目に比べ重く、柔らかめのペン先と相まって書き心地はジャガーの足のようにしなやか。今後は主に手紙をつらつら書く時に出番が多くなること確実だ!

飯野氏にはこう見えている! 手入れのしやすさ比較。

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さて恒例のマトリックスだが、今回はちょっと志向を変え、長年楽しむためには不可欠な「内部のメンテナンスのし易さ」で考えてみたい。ポイントは以下の2つ。


1. インクの吸入機構:Parker、Waterman、Sheaffer、Onotoは一般的なカートリッジ・コンバータ併用式。Pelikan、Montblanc、Auroraは本体にピストンを有する回転吸入式。一般的には前者の方が洗浄は楽。また前者はそれが故障しても交換だけで済んでしまうが、後者は本格的な修理が必要になる。


2. ペン先・ペン芯の首軸への接続方法:Pelikan、Aurora、Onotoはネジ式のユニット構造。Parker、Waterman、Sheafferは首軸から手で強く引っ張るのを通じ抜き差しする構造。Montblancは専用工具がないと首軸から外れない。後述する方に行くにしたがい、内部特にペン先の洗浄は難しくなる。ただし、Montblanc149は最新バージョンではネジ式のユニット構造に改良されている。

以上を考えると、こんな感じだ。同一条件のParkerやWatermanに比べ、Sheafferのポジションが低いのは、これのみペン芯が2ユニットに分かれており、組み付けが厄介だからである。なお、この表は今回登場したモデルの万年筆に限って書かれてある。同じメーカーやブランドでも、これらの構造が異なる場合も極めて多いので、その点十分注意されたい(例えばParkerのSonnetはペン先にはネジ式のユニット構造を採用)。また、この種の「メンテのし易さ」ばかりが万年筆の価値を決めるものではないことも、言わずもがである。

ーおわりー

文房具を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

万年筆全45ブランドを紹介した、万年筆好き必携の1冊

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万年筆の図鑑

モンブラン、パーカー、ペリカン、セーラーなど誰もが知っている有名ブランドから、こだわる人だけが知っている少しマイナーなブランドまで完全網羅。究極の1本を探している方にはもちろん、初心者に向いている万年筆の選び方・書き方・メンテナンス方法まで説明しているので、これから万年筆を使いたい人にもおすすめです。

文房具専門店「伊東屋」万年筆売り場のプロ集団が徹底解明

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公開日:2017年1月11日

更新日:2022年3月10日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

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何かと無個性に見られがちな「仏壇」。でも、定番だからこそ各メーカーの設計に対する思想が明確に現れている点では、寧ろ「取り除くことの不可能な個性」が際立っている点に気付いて頂けると嬉しいです。今回は海外ブランドのみを採り上げましたが、実力派たる国産のものについても、また回を改めてご紹介できれば!

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