鍛金工房 WESTSIDE33の銅製段付き鍋。使い込みたくなる調理道具。

取材・文/堤 律子
写真/田中 幹人

「京都の台所道具見本帖」 シリーズ 1 回目。

繰り返す日々を、おいしいコーヒーからスタートする。お気に入りのお店の味を再現してみる。大好きな料理を極めてみる…そんな風に、小さい幸せをたくさん生み出す台所。思い入れのある道具なら、なおさらその喜びは大きく膨らんで、最良の隠し味になる。
WESTSIDE33の銅製段付き鍋は、そんな“隠し味”を求める人を満足させる、京都の台所道具のひとつ。

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炊きたて白飯とのコントラストを。食卓で眺めたくなる銅製鍋。

無数に打たれた面の一つひとつが光を受け、赤褐色に輝きながら一方では陰影をつくる。少しぽってりとした印象の本体に、どこか愛らしい持ち手がついた蓋も、鍋の中身をそっと包み込むように曲線を描いている。


WESTSIDE33の銅製段付き鍋は、金属からできているとは思えないほど表情豊かだ。


銅という素材も、熱伝導が良く蓄熱性にも優れ、素材の味を生かす和食に向いているという。じっくりと素材に熱が伝わり、弱火でも均一に熱を通して本来の味を引き出してくれるのだ。特に、煮物や米を炊くのに向いた鍋、とご主人の寺地茂さん。「段が付いていることで、吹きこぼれる心配もない。銅は手入れが難しいけれど(濡れたまま放置しておくと緑青(銅のサビ)が生じる)、手入れしやすいよう、中には錫が引いてある」。


見た目だけではなく、鍋としての機能性、吹きこぼれないという利点も備えたデザインと、手入れしやすい工夫、家庭ではなかなか見ない赤褐色の存在感。炊き立ての白米とのコントラストもきっと美しいに違いない。料理が完成したらそのまま食卓へ出せる…いや、むしろ出したい。店頭で見るとこのまま連れて帰りたいと思わずにはいられない。


無機質な金属がここまで温かみと表情をもつのかという感動を、誰かと共有したくて仕方ない。つい撫でてみたくなって指を伸ばすと、肌に馴染み、スベスベとなめらかな事に驚く。そんなふうに人を惹きつけるのが、銅製段付き鍋をはじめとするWESTSIDE33の台所道具たちだ。

東山、三十三間堂の傍らに並ぶ、鍛金ならではの優美な道具たち。

鍛金(たんきん)とは、金属を金槌で打ち成型していく技術。


均一、けれどひとつとして同じものがない槌目(つちめ。=金槌で打った跡)がまるで模様のようで、角度によって趣を変えるその佇まいが独特だ。WESTSIDE33の台所道具たちは、ただ“道具”としてだけでなく、独特の“美しさ”を兼ね備え、その存在感で台所に心地よい緊張感を生み出してくれるのだ。


「ただ、ものを作っているだけじゃない。実用性はもちろん、美しくなければいけないと思っているから」。そう話すのは、鍛金職人の寺地茂さん。鍛金職人だった父親のもと、生まれた時から金槌が金属を打つ音を聞いて育った。初めて鍛金職人として仕事をしたのは小学6年生の時で、当時京都駅周辺にあった宿をまわり、料理道具の修理を引き受けていた。現在の茂さんは今年で80歳だから、職人歴は実に70年近い。


平成6年までは鍛金製品を卸していたが、三十三間堂の西側にあった工房を店舗に改装して、自ら販売も手掛ける。そのロケーションから『WESTSIDE33』という名前を付け、家庭用に使えるオリジナル製品を並べている。

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京の料理人が愛用する銅製の道具たち

銅やアルミ、真鍮を使い、生み出される鍋や料理道具は多種多様。もともとプロの料理人に向けて作っていたが、店頭に並ぶのは家庭用にアレンジしたものがメインだ。特に鍋はライフスタイルに合わせて選べるよう、サイズ展開も豊富。


ちなみに京都の料理人はというと、銅を選ぶことが多いそう。「しきたりと、メンツがあるんや。いい道具で料理すると、やっぱり美味しいし、厨房で見栄えすることも大事」。


さらに、「これはここでしか作ってないと思う」と見せてくれたのが洋風の銅製オーバル鍋。「私が釣り好きで料理もするからね。金目鯛を一匹そのまま炊くために作ったんや。(店には)いろんな種類のもん置いているけど、自分が料理で使って気持ちいいと思えるものを作っている。作っている最中に『こんなんしてみよか』と思いついて、金槌で打ちながら新しいデザインのもんを作ることもあるんやで」。


だから店内には、「紹介しんといて。注文来ても二度と作れへんから」というものもある(アイテムも言えないけれど、最近はコーヒー関連の道具を求めてやって来る人が多いとか…)。茂さんが好きだったという力士の土俵入りの際の姿をモチーフにした鍋や、壁に掛けられたオブジェのような作品もあり、これを見られるのは店に足を運んだ人だけの特権だ。


もう一つ、いつもお店にいらっしゃるわけではないけれど、作り手である茂さんと直接お話できる機会もあるかもしれない。写真を撮られるのが苦手ということで今回その姿を紹介することはできないが、一見近寄りがたい雰囲気を持ちつつ、ぶっきらぼうに、でも丁寧にお話する姿に温かい人柄が見え隠れしている。そんな茂さんだからこそ、若い職人を育てることにも注力しているのだ。

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「音を聞けば、金属の質や技術がわかる」

店から車で30分ほど走ったところにある工房をまとめるのは、三代目となる寺地伸行さん。芸大で金属工芸の知識を蓄え、工房に入って22年ほど経つ。工房には同じく芸大を卒業した若手職人も数名在籍し、日々腕を磨いている。


生まれた時から鍛金の音を聞いている茂さんは「音を聞けば、叩き方が正しいか間違っているか、金属の質が良いか悪いかわかる」という。窓にツタが絡まる工房には金属を叩く音が絶えず響き、手作業で少しずつ金属板が形になる。熱を加えて金槌で打つ、と言っても思い通りに柔らかくなるわけではないので、力で無理やり金属の形を変えていくそうで、みんな汗を流して金属と向き合っている。


「力だけじゃない。商売やから、センスもそうやけどスピードも技術のうち。多くの人に買ってもらって、次の世代を育てないとあかん。若い子が自分で売って生活するのは大変なこと。ある程度、援助が必要やね」と、茂さんは技術を伝えるだけでなく、若い職人へのサポートもしている。


「みんな大変な仕事や言わはるけど…大変やわ」と一言。その奥行きのある印象的な佇まいは、職人が一打、一打金槌を振り下ろして生み出されているのだ。受け継がれる技術が体現された調理道具たち。輝く槌目の美しさを店頭で体感してほしい。

工房の奥で作業しているのは三代目・寺地伸行さん

工房の奥で作業しているのは三代目・寺地伸行さん

ーおわりー

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鍛金工房 WESTSIDE33

職人たちがひとつずつ手打ちで制作。金属を叩き続けておよそ70年の店主が平成6年に「WESTSIDE33」をオープン、オリジナルブランド「茂作」も展開している。定番アイテムに加えて、インスピレーションで生み出す作品も多数あり、銅やアルミ、真鍮から生み出される鍋や料理道具は多種多様。元来プロの料理人に向けて作っていたが、今や料理好きのお客様も多く、店頭に並ぶのは家庭用にアレンジしたものがメインになっている。特に鍋はライフスタイルに合わせて選べるよう、サイズ展開も豊富である。

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「万人にフィットする道具はないが、あなただけに合う道具は必ずうちの店にある」と謳うように、膨大な在庫を持つからこそできる提案型の対面販売を信条としている。店主・飯田さんの料理道具への愛と卓越した知識はメディアからも注目を集めています。

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使いやすい台所道具には理由がある: 数多くの道具を試してきたプロがすすめる逸品!

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いろんな道具があれど、使いやすくて手になじむ道具は、なぜか必ず美しいもの。
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この本では、人一倍多くの台所道具を試してきたフードスタイリストが、台所道具の逸品を厳選紹介。
憧れのあの道具がなぜ使いやすいのか、人気のあの商品はどんあ工夫がされているのか、写真と文章でわかりやすく伝える。

その道具の特性を生かした料理を写真とレシピで併せて掲載しているので、道具の使い方が具体的にイメージでき、道具の使い方・生かし方が手にとるようにわかるのも本書の特長。

公開日:2015年7月6日

更新日:2022年4月7日

Contributor Profile

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堤 律子

京都在住のフリーエディター。ほっこりするものよりキリキリ研ぎ澄まされたものが好き。30代も後半となり、スタイルではなく体力維持のためバレエ教室に通い、最近着付けも習い出す。今、興味があるのは銅版画(製作する方)。

終わりに

堤 律子_image

個人的に大好きなWESTSIDE33。雪平鍋、お玉、サービススプーンなどなど少しずつ揃えています。以前、茂さんが仰った「全部うちのもんで揃えたらあかん」というお言葉通り、わが家のお皿などに合わせながら、ちょこっと登場してもらうのですが、やはりその存在感は大きく、必ずお客様に褒められます。取材中も一番の魅力である(と思っている)無数の槌面の輝きにうっとり。「そんなんできるか!」「あかんあかん!」とぶっきらぼうだけど実は優しいご主人にも、こっそりニンマリしていたのでした。

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