ひたむきにビスポークの高みを目指す鞄職人。小松直幸さん(ORTUS)のハンドステッチに見惚れる。

ひたむきにビスポークの高みを目指す鞄職人。小松直幸さん(ORTUS)のハンドステッチに見惚れる。_image

取材・文/倉野 路凡
写真/佐々木 孝憲

服飾ライター倉野路凡さんが今気になるモノ、従来愛してやまないモノについて綴る連載第5回。今回はビスポークの鞄職人・ORTUS(オルタス)小松直幸さんのもとを訪ねてきました。倉野さんが「素晴らしい」と絶賛する小松さんが作る手作りの鞄とは……。

ビスポーク鞄を作る職人が集う「ORTUS」

MuuseoSquareイメージ
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ビスポークバッグの草分け的な存在として知られる「フジイ」で8年間修行し。その後独立。2012年12月から「ORTUS オルタス」をスタートさせた鞄職人の小松直幸さん。久しぶりに小松さんの工房へお邪魔しました。

現在の職人さんの数は小松さんを含めて3人。外部の職人さんに任せることなく、店内奥にある工房内で、すべての行程を自分たちで行っているのだ。

店内にはたくさんの鞄がディスプレイされているが、これらはすべてサンプル。つまり展示物の中から好きなデザインの鞄を選び、注文して作ってもらうというシステムだ。その際に好きな革と色を選ぶことができる。さらにサンプルより大きなサイズに変更したり、ポケット数を増やしたり、内装デザインも変えることができる。

このようなパターンオーダー的な「オリジナルオーダー」が中心だが、まったく新しいデザインの鞄を作る「フルオーダー」も可能。まさにビスポークバッグの醍醐味だ。その場合は、お気に入りの鞄や雑誌を持参したりするお客も多いという。情報は多ければ多いほどイメージを掴みやすくなるそうだ。

「フルオーダー」は新たに形を作り出すため、型紙を制作し、違う素材(床材)を使って仮のバッグを作り、完成予想をお客さんに確認してもらうという。非常に手間のかかる作業だ。

セミオーダーで内側のカラーリングやポケットのデザインをアレンジしたもの。

セミオーダーで内側のカラーリングやポケットのデザインをアレンジしたもの。

床材を使って仮縫いしたバッグ。仮縫いの状態でここまで完成度が高い。

床材を使って仮縫いしたバッグ。仮縫いの状態でここまで完成度が高い。

お客さんの要望を元にフルオーダーで製作した小ぶりのジュエリーBOX。

お客さんの要望を元にフルオーダーで製作した小ぶりのジュエリーBOX。

定番革の素材は11種類、カラーは約100色、ステッチの色は約30色からセレクトすることができる。

定番革の素材は11種類、カラーは約100色、ステッチの色は約30色からセレクトすることができる。

写真左上より時計回りに 長財布、ペンケース、コインケース、カードケース、名刺入れ。もちろんどれも手縫だ。価格詳細は本文末に。

写真左上より時計回りに 長財布、ペンケース、コインケース、カードケース、名刺入れ。もちろんどれも手縫だ。価格詳細は本文末に。

鞄以外にも財布や名刺入れ、ペンケースなどの小物も手掛けている。鞄と同様に“革”であることが基本だ。

しかしオルタスの魅力は、好きなデザインの鞄と小物が作れるというだけではない。すべて手縫いで行っているということだ。ミシンで縫うよりも頑強にできるし、ミシンでは届かない箇所も手縫いなら縫うことも可能なのだ。手縫いと言っても小松さんの手縫いのステッチはとにかく細かく、乱れることがない。まさに精緻をきわめているのだ。手先の器用さというレベルではなく、“最高のものを作ろう”という集中力がそうさせているのだと思う。

手作りだからこそ、細かいパーツにもこだわる

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一番オーダーが多いというブリーフケース。小松さんの細やかなステッチ、作りの良さを味わえるアイテムだ。

デザインをおこして製作したパーツ。どこにもないオリジナルパーツもORTUSアイテムの魅力の一つ。

デザインをおこして製作したパーツ。どこにもないオリジナルパーツもORTUSアイテムの魅力の一つ。

サンプルの鞄のデザインはすべて小松さんによるものだが、細部にわたってデザインセンスがいいのだ。

一般的に持ち手部分や鍵などの金属パーツは既製のものを使うブランドが多いのだが、オルタスの金属パーツ(スターリングシルバーとブラスを選べる)は徹底的にこだわっている。たとえばブリーフケースに使われる持ち手の金属パーツは彼がデザインをおこし、専門の職人に金型で作らせている。

その出来上がってきたパーツをさらに細かく磨いて仕上げるのも小松さんの仕事。曲線を生かした金属パーツが多く、出来合いのパーツにはない洗練されたモダンな雰囲気を出している。小松さんは鞄職人だけでなく、鞄デザイナーとしても大変優れているのだと思う。

さて、手縫い作業は既製品との大きな違いだが、もうひとつ大きな違いがある。それは“コバ”の仕上げの丁寧さだ。

コバとは革と革とを縫い合わせた縁のことで、この箇所の仕上げ具合で、その鞄の良し悪しを判断することだってできてしまう、とても重要な箇所なのだ。

オルタスの場合は、染料を塗って、サンドペーパーをかけてフノリを塗布。熱で溶かした蝋を塗って、コテをあてネンを入れる。ネンは裏側からも入れている。その行程を何度か繰り返すそうだ。革の種類によっても細かく変更するとのこと。

この作業によってコバの繊維がギュッと潰れ折り曲げにも耐えられるようになる。結果的にコバのもちが良くなるというわけだ。ここまでやっている既製ブランドはほとんどない。

ボクも欲しいなぁと思っているトートバッグ。

ボクも欲しいなぁと思っているトートバッグ。

注文の多い鞄を聞いてみたところ、一位が一室のブリーフケース、次がクラッチバッグとミュージックケースだそうだ。個人的に以前から欲しいなと思っているのがトートバッグLILAC。

ハンドルの長さを3段階調整できるので手持ちでも肩掛けのどちらでもできてしまう優れもの。しかも厚みのあるドイツ製のSHRUNKEN CALFで作られているため裏地もなく、素材の柔らかさがうまく出ているのだ。価格は21万円+税とオルタスの中ではお手頃。ボクの職業だとオン・オフともに使えるのでコストパフォーマンスがいい。

MuuseoSquareイメージ

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トートバッグは鞄の角を内側に折り込んで台形型にしたり、持ち手の長さを内側のバーで調整してアレンジすることも可能。

◆SHRUNKEN CALF(シュランケンカーフ)とは◆

ドイツのタンナーによるシボ加工されたカーフ。厚地があり柔らかいため、裏地を施さない鞄にも適している。

さて、現在のお客さんは半分以上がリピーターだ。一度小松さんの鞄を使うと、実用性とクオリティの高さから、またお願いしたくなるのだろう。

たしかに高額ではあるが、有名ブランドの既製鞄以上の価値を見い出したユーザーにとってはお手頃価格なのだ。また、海外での注文も多く、年に数回ニューヨークや香港で受注会を行っている。日本だけでなく海外でも小松さんの名前が知られていると思うと、やはり嬉しい!

ーおわりー

ORTUS(オルタス)

東京都中央区銀座1-24-5 パークサイド銀座2F
TEL&FAX 03-5579-9210

営業時間 11:00~18:30
定休日 月曜日
オルタスはビスポークバッグのお店兼工房ということもあり、やはり予約が必要。

<アイテム参考価格>
ブリーフケース (BELLIS) 32万+税 
ミュージックケース (PRIMULA) 31万+税
クラッチバック (CALTHA) 18万+税
トートバッグ (LILAC) 21万+税
※上記セミオーダーアイテムは使用する革素材で価格も変わります。

長財布 ボックスカーフ 9万5000円+税
ペンケース ボックスカーフ 4万6000円+税
名刺入れ リザード 3万3000円+税
小銭入れ エンボスカーフ 4万6000円+税
コインケース リザード 5万5000円+税

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公開日:2016年4月30日

更新日:2022年2月2日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

倉野路凡_image

以前、鞄職人の藤井さんのお店を取材したことがあり、その時に職人として働いていたのが小松さんだった。ビスポークバッグの知識は彼の師匠である藤井さんと小松さんから教わった。今回取材しても、ブレないフィロソフィーを具現化するために、朝から夜遅くまで地道に作業する姿勢には頭が下がる。工房内の職人に一部の工程を任せる場合であっても、小松さんがチェックを必ず行い指導する。外部に出さないという姿勢はほんと凄いと思う。すべての行程に想いを込めているだけのことはあり、完成する鞄や小物は最上質のものなのである。

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