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大洋ホエールズ 中山裕章 サインボール
大洋ホエールズ 中山裕章 背番号19 高知商エースとして3年夏の甲子園、PL学園 清原和博に特大ホームランを打たれ敗退するが 秋の国体で全国優勝を果たす。 ドラフト1位で大洋ホエールズ入団。 87年 5勝12敗 5.17 江夏豊以来巨人戦10歳代完封勝利記録 88年 10勝6敗24セーブ 2.26(リーグ3位)70試合登板(リーグ最多)、オールスター戦出場2戦2勝の活躍。 リーグ屈指のストッパー 90年 8勝12敗 3.92 開幕投手、オールスター戦出場 チーム7年振りのAクラスに貢献。 91年 8勝10敗 4.20 2年連続開幕投手 91年オフ不祥事により契約解除。 93年川島セリーグ会長は「更生の道を歩んでいる」と認め、無期限契約回避措置を解除。 94年シーズン途中現役復帰(中日ドラゴンズ) 96年 4勝4敗14セーブ 2.88 オールスター戦出場 02年台湾中信ホエールズ入団 2年間で通算勝利25勝2.50と活躍。
3回 大洋ホエールズ 19 1990年、1991年ballomar53
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東映フライヤーズ 尾崎行雄 サインボール
夏の選手権優勝後に高校2年で中退して、 東映フライヤーズに入団 本来なら甲子園目指す高校3年生だが、 プロ野球でも1年目からオールスター戦出場、球宴史上最年少勝利投手。 20勝にリーグ優勝に貢献した。 62年 20勝9敗 2.42 196奪三振 18歳での新人王は史上最年少記録である 64年 20勝18敗 2.55 197奪三振 最多奪三振、オールスター戦出場 65年 27勝12敗 1.88 259奪三振 最多勝利、最多奪三振、ベストナイン、オールスター戦出場 66年 24勝17敗 2.62 ミサイル打線4番山内一弘が初対戦後 球が速すぎて消えたと語っている。 「怪童」と呼ばれた豪速投手
3回 1965年 1962年 1965年ballomar53