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SEPTON 1:2/50
デッケルマウント と言えばSeptonと言ってもいいくらいDKLマウントレンズを代表するレンズです。 生産数の多さで言えばColor-SkoparやSkoparexには及びませんが,VoigtlanderのDKLマウントレンズのなかでは3番目にたくさん生産されたレンズで5万本以上生産されたようです。1960年に高級カメラのUltramaticとともに登場し,1967年まで生産されます。4群6枚のダブルガウス型構成の1群と2群の間に凹メニスカスを挟んだ独特の構成です。 ネット上には同じような解説が多数あるので特にここで改めて述べる必要はないのかもしれませんが,簡単にまとめると, 1) 7枚玉であるにもかかわらず明るさを欲張らず,描写性能に特化した。 2) Septonという銘は数字の7に由来する。 3) 音までも写すと言われるほどの素晴らしい描写 というのが通説です。 Voigtlander自身も,その商標使用権を得たコシナもSepton銘のレンズはこのDKLマウントのレンズ以外には出していません。Septonは登場時は距離計連動用のカムを備えており,最短撮影距離も90cmでしたが,その後,他のDKLマントレンズと同様に距離計との連動機構を捨てて撮影距離を短縮しています。距離計用カムを持たない後期型では最短撮影距離は60cmになっていました。 SeptonはDKLマウントレンズとしてはSchneiderのXenon 50mm F1.9と並んでもっとも明るいレンズの一つでした。Septonが開放F値を欲張らなかったのは,そもそもレンズビハインドシャッター方式の一眼レフで後玉を大きくとれず大口径化が難しいという制約があったために,F2で可能な限りよいレンズを作りたい,と考えたからかもしれません。 Septonは多くの個体でバルサム切れが発生しており,製品寿命が限界に近づいていると考えられます。製造時のミスでバルサムの配合を間違えた,という説もあるようですが,実際のところはよくわかりません。この個体もバルササム切れによると思われる曇りが発生しています。製造番号が670万番台なので1967年ころの製造と考えられます。最短撮影距離は90cmの前期型ですが生産の最終年で後期型に切り替わる直前くらいの個体だったようです。 #レンズ #MF #SEPTON #DKL #Voigtlander #50mm #F2 #標準 #単焦点
MFレンズ DKL VoigtlanderMOR
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SKOPAREX 1:3.4/35
Voigtlanderのベッサマチック用SKOPAREXです。ざっくり言えばBessamatic用の3群4枚の典型的なTessar型であるColor Skopar 50mm F2.8をベースに焦点距離を35mmにしたもの,と言えます。ただし,Bessamaticは一眼レフでミラーがあるため,レンズはバックフォーカスを長くとらねばなりません。そのために,Tessar構成のレンズ前端に2群2枚のレンズを追加して5群6枚構成のレトロフォーカスタイプで設計されています。 Skoparexの祖先はTessar型のColor Skoparですが,これをレトロフォーカスタイプにしたProminent用のSkoparon 35mm F3.5が直接の先祖だと考えられます。マウント形状はDKLと同じであるものの後のBessamaticとは互換性がないVitessa-T用のSkoparet 35mm F3.4となり,いわゆるDKLマウントのBessamatic用のSkoparex 35mm F3.4へと繋がっていきます。 Bessamatic用のSkoparex 35mm F3.4は大きく分けて前期型と後期型があり,前期型はVoigtlanderが出すつもりだったレンジファインダー式カメラとの互換性を考慮して距離計に連動するためのカムが装備されており,最短撮影距離も1mでした。当時は35mmレンズは十分に広角レンズだったと思われますが,広角レンズなのに1mまでしか寄れない,というのはなんのための一眼レフ用レンズなんだ,という中途半端な仕様でした。 その後,レンジファインダー式カメラは実現しないまま,一眼レフカメラが全盛となり,Skoparexも距離計連動のためのカムを捨て,最短撮影距離を40cmとした後期型になります。最短撮影距離がどうしても長くなってしまうビハインドシャッター方式のBessamatic機のなかでは最短撮影距離の短さで1,2を争うレベルであったと言えます。 Skoparexは1960年から1969年まの9年間で6万本強が生産されたということです。1969年にはVoigtlanderはZeiss Ikonに吸収合併されて消滅しますが,ブラウンシュヴァイクの工場は操業を続けます。SkoparexはZeissのICAREXやSL706用レンズとしてマウントをICAREXやM42に変更されます。レンズ構成はBessamatic時代の5群6枚のレトロフォーカス型であることに変わりはなかったようですが,光学設計は微妙に変更されているようです。したがって,同じレンズ銘でもVoigtlander時代とZeiss時代では異なる描写となっているようです。その後,1972年にはZeis Ikonのカメラ事業とVoigtlanderがRolleiに移譲され,RolleiからColor Skoparex銘のレンズがリリースされます。 1981年にはそのRolleiも倒産し,Voigtlanderの商標は別の会社に移譲され,現在は日本のコシナが商標を使っています。コシナからはColor Skopar銘のレンズはでていますが,Skoparex銘のものはないようです。だからどうってこともないのですが,コシナがSkoparex銘を使わない理由は少し気になります。 この個体は最短撮影距離が40cmの後期型でシリアル番号が700万番台なので,Voigtlanderとして最後期の1965から1970年の間に製造された個体であると考えられます。この頃のVoigtlanderのシリアル番号は1年におおよそ20万づつ増えていることを考えると,この個体は1967年ころの製造ではないかと推察されます。 #レンズ #MF #SKOPAREX #DKL #Voigtlander #35mm #F3.4 #広角 #単焦点
MFレンズ DKL VoigtlanderMOR
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COLOR-SKOPAR X 1:2.8/50
Voigtlanderのベッサマチック用COLOR-SKOPAR Xです。50mm F2.8の典型的な3群4枚のテッサー型のレンズです。Schneider-KreuznachでTessarを設計したかの有名なトロニエ博士がVoigtlanderに移籍後に設計したレンズで,デッケルマウント用のColor-Skoparは1959年から1967年までの間に20万本弱生産されたそうです。そのため,中古レンズは豊富にあり,状態のよいものを選ぶことができます。 デッケルマウントのレンズでは当たり前の最短撮影距離が1mという使いにくいレンズですが,作りは贅沢で真鍮(たぶん)の削り出しの精巧なマウントとアルミの短い鏡筒が美しく,小さいけれどもずっしりとした重みを感じます。 Voigtlanderは1756年に創業した世界最古の光学メーカーですが,1950年代中頃をピークに日本製のカメラにおされて業績は悪化していきます。1956年にはカール・ツァイス財団に売り渡され,1969年にはツァイス・イコンに吸収合併,1971年にはツァイスが民生用レンズの生産をやめることを決定したことに伴いローライに商標権を売却,1972年には伝統あるブラウンシュバイクの工場が操業を停止しています。そのローライも1981年には倒産しています。 1999年に日本のコシナがVoigtlanderの商標の通常使用権の許諾を得てかつてのレンズ銘で新しいレンズを開発,販売しています。Skoparもそのような新しいレンズに与えられた銘の一つです。ただ,レンズ銘は伝統あるものですが,レンズそのものは普通にコシナのレンズというだけで,かつてのVoigtlanderのテイストが感じられるかどうかは少し別の話のように思います。 この個体はシリアル番号から1963年製であることが推察され,デッケルマウントのカメラがまだ勢いがあった頃のものだと考えられます。ヤフオク!で入手しましたが,純正のスカイライトフィルタとかぶせ式の汎用品と思われるフードがついていました。コンディションは可もなく不可もなく,実用には特に問題はないものでした。 #レンズ #MF #COLOR-SKOPAR #DKL #Voigtlander #50mm #F2.8 #標準 #単焦点
MFレンズ DKL VoigtlanderMOR
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三代目 ウルトロン
最初に、このウルトロンの名前を聞いたときに、連想したのが強くて格好いいウルトラマン。 対戦相手が怪獣ではなくて、人物や風景、静物、何の被写体にも向かうところ敵無しの描写は、 見方を変えれば、何にでも強いのだろう ……… 実際は、風のベールを包み込むような、繊細な描写のレンズです。 独特のカメラの形状も格好いいです。 シャッターボタン(プランジャー)を押すことによって、巻き上げとシャッターが切れる仕組みです。 観音開きのレンズカバー、閉じるとコンパクトカメラと同等の大きさです。 3代目のウルトロンです。 3男は、接写にも強く等倍撮影まで熟します。
スプリングカメラ Voigtlander 不明Fortune Lens
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VOIGTLANDER COLOP-SKOPAR 7.5cm F3.5 Bellows Ver.
昭和の時代に、改造してPentaxで楽しんでいた機材です。 当時は、純正以外は邪道のような風潮があって、表だっては使うのを憚られたものです。 旋盤があるので、ソニーのアルファーEマウントを制作して、つままれ猫が我が家に来たので、記念撮影です。60年以上前のレンズですが、現代でも十分に使えると思います。 解放での色滲みが、何とも言えない好い描写だと思っています。 F4.0からいきなり、キレと描写が上がります。スペアミントのめしべがクッキリ!! 一つのレンズで、2つの描写が楽しめるレンズです。
フィルムカメラ/レンズ Voigtlander 不明Fortune Lens
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Voigtländer COLOR-ULTRON 50mm F1.8
カラー・ウルトロンは、フォクトレンダーブランドの一眼レフカメラVSL-1に搭載する交換レンズとして1974年より供給された凹みULTRONの後継レンズです。凹みUltron同様に7枚玉の贅沢なレンズ構成を踏襲していますが、フロント部の第一レンズが凹メニスカスではなく弱い正パワーの凸レンズに変更されている点が大きな違いです。 光学系の原型は1970年にZeiss Ikonから発売された、Rolleiflex SL35用のCarl Zeiss Planar 1.8/50ですが、このPlanarに採用された拡張ガウスタイプの設計構成は元を辿れば凹みULTRON、さらに遡るとVoigtlander ULTRONからの流れを汲んでおり、カラー・ウルトロンが登場したことで再びUltronブランドが復活したわけです。 Zeiss Ikonは1971年にカメラ産業から撤退し、Zeiss IkonブランドとVoigtlanderブランドの商標は、シンガポール・ローライに譲渡されており、これ以降の両ブランドはレンズの設計こそドイツ本国でしたが、シンガポールで製造されました。 ツァイスのプラナーも良い写りのレンズですが、カラーウルトロンも、十分に使って見る価値があるレンズだと思います。 M42-NEX ヘリコイドマウントで、ダブルヘリコイド仕様ですので、5cmまで近寄って撮影することが出来ます。マクロレンズとしても使用することが出来ます。
標準レンズ Voigtlander 不明Fortune Lens
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Voigtlander Vitessa L Ultron 50mm f2 その3
以前、カスタマイズしたレンズは、ドイツに里帰りしてしまったので、また、新しくクラフトしてみました。 この時代のレンズは、クッキリに写ったり、フレアー、ゴーストが出たり、個性豊かな表情を魅せてくれます。 ノンコートのレンズなので、フードは必須です。何とアルミ棒材からの削り出しで、2日間も掛かってしまいました。 その甲斐があって、レンズのキレが増したようです。
カスタムレンズ VoigtlanderFortune Lens
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COLOR-ULTRON 50mm
見つけて即決してしまい。人気の凹型と比べると半額以下で手に入ります。性能としてはRetina-Xenonとさほど変わりないですが、こっちはM42マウントなのでα900に取り付けると扱いやすくて重宝しています。
Voigtlandersacana