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ヘルパ (JALUX)【1/500】 JAL 日本航空 B777-200 (新塗装)
JAL 日本航空 B777-200 レジ JA772J 日本航空では2011年に原点に立ち返るという意味合いで尾翼に「鶴丸」を復活させた。 これ以降、鶴丸マークが見る機会が増えていており、公の場では1989年以来である。 鶴丸はそれまでの赤いタンチョウがモチーフであるもののスピード感を持たせるため翼の切れ込みが深くなり、JALの字体が初代鶴丸がリスペクトされている。 そして機体にはホワイトボディをベースに「JAPAN AIRLINES」の斜体字が表記された。 モデルのJA772JはJALの新塗装となった777の1番機である。 この機体が導入されたのは2005年頃であり、この頃はJJ統合直後で太陽のアークで登場している。 2021年3月に解体された事により機体は登録抹消となった。 備考・尾翼ロゴ一部剥げあり。エンジン部分に歪みあり。
飛行機模型 ヘルパ(販売はJALUX) B777Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】A350-900 四川航空 "パンダ"
四川航空 パンダ A350-900 レジ B-30ID 中華人民共和国四川省成都市に本社を置く四川航空は四川航空はA350-900を14機導入する予定である(10機を購入機で4機をリースで導入する)。 A350第一弾として導入された機体には四川省のパンダをモチーフとしたイラストが描かれて空の旅を和ませている。 機内では客室乗務員のエプロンがパンダだったりパンダのフレームで記念写真が撮れたりとパンダ好きにはたまらない。 モデルはヘルパより実機デビューに早々と発売されたもの。 ちなみにオーナー所有のダイキャストエアラインの中で何気にA350の導入は初。 A350は個性的なコクピットガラスからたぬきと呼ばれているが、たぬきにパンダが塗られていると思ってみると、どこか微笑ましいのである。
飛行機模型 ヘルパ 中国🇨🇳Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 イラン航空 A300-600
イラン航空 A300-600 レジEP-IBB イラン航空はイランのフラッグキャリアである。かつては日本にも乗り入れており世界で45機しか製造されなかったB747SPて就航していた事でも有名であったが、2011年の成田線を最後に運行を休止した。 一時期、アメリカの経済制裁により西側製航空機の購入が事実上不可能となってしまい、近年では保有機材の老朽化が問題となっていた。 そのため2010年代前半にもB727やB737-200を使用していた。 同社ではA300のB2、B4、600Rといった3種のA300が在籍しており、中でもB4の機体番号EP-IBJは元JASが東亜国内航空からJJ統合直後まで所有していた機体JA8237であった。 モデルのA300-600(EP-IBB)は1994年に導入された機体である。 ヘルパでは1/500を旧モールドの時代にモデル化した。 その後は同スケールで展開されてないイラン航空のA300だがオーナーがニュージェネギアで見てみたいモデルの一つだ。
飛行機模型 ヘルパ イラン🇮🇷Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】ブリティッシュ・エアウェイズ BOAC -レトロ塗装 B747-400
ブリティッシュ・エアウェイズ BOAC -レトロ塗装 B747-400 レジG-BYGC ブリティッシュ・エアウェイズは前身のエアクラフト・トランスポート・アンド・トラベルによる世界初の定期国際線運航から100年を記念し「国際線運航100周年」として複数の機体に大規模な復刻版特別塗装を実施した。 特別塗装を施した機体の一つであるB747-400(G-BYGC)には前身会社の一つBOACの塗装を再現し復刻した塗装機「BOAC -レトロ塗装」を登場させた。 当機にはもっとも親しまれた前身のブリティッシュ・オーバーシーズ・エアウェイズ1964年〜1974年時代のB707のデザインが採用されている。 特別塗装機のフライトでは乗務員もその塗装当時のデザインの制服を着用、機体の外見だけでなく、中身までレトロに再現された。 さらにこのイベント実施時、イギリスのエリザベス女王も、BAの本部や博物館「スピードバードセンター」などを訪れた。 機体の引退以降もレトロ塗装のまま保存される予定であったが、2023年9月に解体されている。 モデルはヘルパより2019年に発売されたもので、やはりここはヘルパらしくヨーロッパの航空会社の製品化について仕事が早い。 B747-400でBOAC塗装は初ということで、レトロ塗装かつ塗装経験のなかった機体同士ということで一昔前にANAでもやった B767-300のモヒカン塗装とぜひとも共演させたいモデルである。
飛行機模型 ヘルパ イギリス🇬🇧Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】高麗航空 Tu-134B-3
高麗航空 Tu-134B-3 レジ P-814 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のフラッグキャリア高麗航空はアジアのフラッグキャリアの中で、唯一西側諸国製の航空機材を運用したことが一度もない航空会社である。 設立から現在まで政治的および財政的な事情でボーイングやエアバス、エンブラエルやボンバルディアなどの機体は導入されておらず、さらにはワイドボディ機を導入した経歴もない。 そのほとんどがソ連製のツポレフTu-154やイリューシンIl-62、ツポレフTu-134といった1960年代から1970年代にかけて開発された旧式の機体で占められていた。 2000年代以降はロシア製の新造機、ツポレフTu-204とウクライナ製のアントノフ An-148が導入されているものの国際線の運用稼働機はこの2機種4機のみとなっている。 ちなみに高麗航空だが、かつて旧名古屋空港と新潟空港に年に1〜2回ほどチャーターとして乗り入れていた事がある。 しかし、乗り入れ機材のツポレフTu-154Bが日本の騒音基準に適合しなくなった上に、北朝鮮の核開発に対する制裁もあり2002年以後は一度も乗り入れていない。 ヘルパより1/500のモデルとして発売されたTu-134B-3は1984年より導入されている高麗航空の主力機体の一つ。 Tu-134の定員を従来の72席から定員を96名に増加した機体。 しかしまあ、製品化にあたってよく公式ライセンスが取得できたなと思う一品である。 ある意味某ランドより難しいのではないのだろうか。
飛行機模型 ヘルパ 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)🇰🇵Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 デルタ航空 B747-400 (新塗装)
デルタ航空 B747-400 新塗装 レジN661US デルタ航空のB747-400は元々ノースウエスト航空が所有していた機体である。 2008年にノースウエストがデルタ航空に合併した際に全ての機体がデルタ航空の所有となった。 ヘルパより発売されたこのアイテムのモデルとなったN661USも元々ノースウエスト航空が1989年に納入した機体で、デルタ航空とノースウエストの合併にともないデルタ航空の機体となった後、2015年まで活躍している。 2002年のノースウエスト時代にはノースウエスト航空85便緊急着陸事故に遭遇しており事故防止のため、耐空性改善命令が出されることとなるきっかけを作った機体でもあった。 就航中はノースウエスト時代もデルタ時代にも成田国際空港や関西国際空港に飛来した事がある。 現在はアトランタにあるデルタ航空の博物館で余生を送っているらしい。 モデルはデルタ航空の新塗装の晩年仕様で航空連合スカイチームのロゴが入る。 備考・ブリスター欠品。
飛行機模型 ヘルパ アメリカ🇺🇸Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 アエロフロート・ロシア航空 A310-300
アエロフロート・ロシア航空 A310-300 レジなし 旧ソ連時代のアエロフロートは、使用機材のほとんどがアントノフ、イリューシン、ツポレフ、ヤコヴレフなどのソ連内で製造されたもの、およびポーランドでライセンス生産された機体であった。 冷戦が終焉した1990年代以降は、1992年に子会社のロシア国際航空(現在はアエロフロートに吸収されている)がエアバスA310を初めて導入して以来、ボーイングやエアバスなどの西側機材の導入を進めた。 A310はロシア国際航空時代からの主力機種として活躍し大破した物を除くと2005年まで活躍している。 モデルはヘルパより90年代に発売された物で、話によれば1年間しか販売されなかったシロモノらしい。
飛行機模型 ヘルパ ロシア🇷🇺Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 スイス航空 B747-357 (旧塗装)
スイス航空 B747-357 旧塗装 レジなし スイスのフラッグシップであったスイス航空(現・スイス インターナショナル エアラインズ)では、B747-300型を1982年にロールアウトした初号機を導入し、2000年初頭まで活躍した。 日本にも成田国際空港などに飛来したこともある。 モデルは同じくスイス航空のMD -11と共にヘルパのブラックボックスで発売された初期のモデル。 こちらもMD-11と並んで入手が難しいアイテムとして知られていた。 初期の金型であるが300型の特徴の一つであるエンジンカウルが再現されている。 ちなみにこちらの機体は2013年に新規製作された金型により発売されたという初期モデルが近年になってリニューアルされる珍しいモデルの一つ。
飛行機模型 ヘルパ スイス🇨🇭Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 ガルフ・エア B767-300ER
ガルフ・エア B767-300ER レジA40-GI ガルフ・エアはバーレーンのフラッグキャリアでバーレーンの空港を拠点としたアラブ航空会社機構の一員である。 同社ではB767-300を1988年より所有していたが、2000年代に入ってほとんどが退役している。 モデルはヘルパの旧モールド時代に1/500で発売されたもので、機体番号A40-GIはガルフ・エアに1989年頃に導入された機体で2007年まで活躍し、退役後は2009年まで保存されていた。 元々日本に就航路線がなく馴染みがないのか、国内のエアラインモデル市場で見かける事が極端に少ない。 特に旧塗装は中東のエアラインファンの中でもコアな人気を誇るらしく、実際にオーナーが某岡山のエアラインモデルショップにて、同じヘルパから発売された1/500スケールのガルフ旧塗装であるエルテン(L1011)の旧モールドが1万円以上で販売されていたのを目撃した事がある。 もしガルフの旧塗装を市場で見かけた際は、ぜひとも押さえておきたいアイテムだ。
飛行機模型 ヘルパ バーレーン🇧🇭Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】JAL 日本航空 JALドリームエクスプレス21 "Dream Story号" B747-400
JALドリームエクスプレス21 B747-400 Dream Story号 レジJA8084 JALドリームエクスプレス21号は、ウォルト・ディズニー生誕100周年と日本航空の創立50周年、JALが公式スポンサーの東京ディズニーシー開園を記念し就航した。 就航期間は2001年〜2002年で、このシリーズは尾翼にJALが1951年に初めて定期線に就航した初の機体であるマーチン2-0-2とB747-400描かれJAL 50th Anniversaryと書かれている。 Dream Story号はデザインを一般公募した機体で、黄色をベースにミッキーマウスをはじめ様々なディズニーのキャラクターが、飛行機に乗っている様子を左右異なるデザインで描かれている。 モデルはヘルパよりドリームエクスプレス21シリーズの一つとして発売された。 このシリーズのモデルはどれも人気だったが噂によればこの6号機がずば抜けて人気だったそうである。
飛行機模型 ヘルパ B747Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 スイス航空 MD -11 (旧塗装)
スイス航空 MD-11 旧塗装 レジ なし かつてスイスを拠点として活動していたフラッグキャリアであるスイス航空ではMD-11落成時に早くも発注を行っており、1991年に納入されて最終的には19機が揃っていた。 2001年のスイス航空経営破綻後はスイス インターナショナル エアラインズに移管されたものの直後にほとんど退役しており退役後はフェデックスやトランスマイルカーゴに売却されている。 モデルはヘルパのブラックボックスと呼ばれる初期のアイテムの一つ。 初期のヘルパのモデルは印刷部分が剥げやすいうえに機体に気泡が入っているものも多くオーナー所有の物も同様の現象が発生している。 このモデルもブラックボックス時代の入手困難な部類に入り、状態の良いものは高値で取引された事があるらしい。 MD-11という新世代の機体ながらスイス航空の旧塗装がマッチしており、スイス航空といえばこのカラーリングとこの機体!と改めて納得させてくれるモデルである。 備考・ボディ剥げ、ボディ気泡あり。
飛行機模型 ヘルパ スイス🇨🇭Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】 リビア・アラブ航空 A310
リビア・アラブ航空 A310 レジ 5A-DLA リビア・アラブ航空(現・リビア航空)はリビアのトリポリを本拠地とする航空会社で、リビアのフラッグ・キャリアでもある。 同社がかつて所有していたエアバスA310は1986年にブリティッシュ・カレドニアン航空で退役した2機(機体番号 C-BKWTおよびC-BKWU(リビア航空で5A-DLA・5A-DLBに改番)を、香港のコブラ・エアウェイズ経由で導入していた。 しかし、エンジンがアメリカ製であることから1機分のエンジンしか入手できなかった上(リビアが国際連合により経済制裁を課せられているため)、乗務員の手配で不手際が重なり、自社運航が満足にできないまま1988年にアルジェリア航空へ譲渡されている。 モデルは2機導入されたA310のうちの1機目(5A-DLA)で、ヘルパのクラブモデルとして発売された。 クラブモデルのうえに栄光の名機を集めたイエスタデイ シリーズからの出展となっておりアイテムの性質が絶妙な立ち位置にある。 2年しか活躍しなかったリビア・アラブ航空のニッチな機体だが、何気に入手困難なモデルでもある。
飛行機模型 ヘルパ リビア🇱🇾Railwayfan
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ヘルパ 【1/500】KLMアジア航空 B777-200
KLMアジア航空 B777-200 レジ PH-BQF KLMアジアはKLMオランダ航空の傘下にある航空会社で台湾及び中国双方に路線を持つことに対する政府圧力が背景により誕生した、かつての日本アジア航空的存在会社である。 誕生当時はヨーロッパ各国のフラッグキャリアもアジアという名称を付けるなどして別会社の設立や別会社を装った便名で運航していた。 今では直接運航の認可によりすべて消滅したものの(そもそもKLM以外は路線自体が消滅している)、KLMアジアのみKL便として現在も運航している。 KLMアジアとして使用されていた機材の一部は、「KLM Asia」のロゴをまとったまま使用されており、のちに導入したB777-300ERでも「KLM Asia」のロゴが新塗装として2機(機体番号PH-BVBおよびPH-BVC)在籍し、時より日本へ乗り入れるほか、上海線などのアジア路線に就航中である。 モデルはヘルパより2013年に発売されたもので、元となった機体は2004年頃より運用中のB777-200(機体番号 PH-BQF )。 日本では成田国際空港に何度か飛来している機体である。 KLMアジア航空はKLMの小さい部門でありながらも旧モールドのB747しかり、結構モデル化に恵まれた航空会社である。 備考・ブリスター欠品。
飛行機模型 ヘルパ オランダ🇳🇱Railwayfan
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JASトレーディング 【1/500】JAS日本エアシステム A300 B4 JA8276
A300B4はエアバスインダストリー社がA300B2に続いて開発した中距離型である。 A300B4初号機は1974年12月に初飛行した。 B4型はB2型の最大離陸重量137tを150tに増やし、中央翼に燃料タンクを増設して航続距離をB2の2,800kmから3,500kmに伸ばしたモデルである。 非常時用として燃料放出装置が装備されておりA300B2型との外観上の相違点となっている。 東亜国内航空(TDA) ではA300が導入されるまではヨーロッパ製の機体に対して経験がなく不明な事柄も多く、操縦性、整備性への一抹の不安があった。 しかしA300が導入されると操縦性の良さ、整備性の良さが実感されて不安はすぐに杞愛となった。 とりわけ故障の少なさからA300の定時出発率はTDAから今日のJASに至るまで世界最高水準を維持し続けている。 エアバスインダストリー社もA300オペレーターの中でも群を抜く定時出発率を維持するTDA/JASの整備水準を高く評価し数多くの賞がTDA/JASに贈られるまでになった。 TDAは短距離型A300B2型9機を導入後、国内線の増強と国際線の展開を視野に入れてA300B4-2Cの導入を決定した。 1988年4月、国際線の開設を期して社名を東亜国内航空から日本エアシステムに変更し7月に初の定期国際線として開設された成田-ソウル線にA300B4型が就航した。A300B4はJASの国際線展開の出発点となった機材である。 初号機は1986年3月に受領し合計8機が導入された。TDA/JASのA300のペイントデザインはエアバスのデモ機のものを譲り受けて使用したものであるが他のJAS機材にも広げられJASレインボーカラーとして定着した。 モデルはJASで活躍時のA300B4 JA8276を再現したものである。 (パッケージにはA300 JA8464の写真を使用) ※本品はJASトレーディングから発売されましたが、JALに合併された後はジャルックスより販売されました。
飛行機模型 JASトレーディング A300Railwayfan
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JASトレーディング 【1/500】 東亜国内航空 A300 B2 JA8464
エアバスA300はエアバスインダストリー社が開発した世界初の中短距離用双発ワイドボディー機である。 低騒音、低燃費、ワイドボディー機として世界最初のカテゴリー自動着装置を持ち、2,000m滑走路での離着隆性能等、優れた経済性と高い信頼性を兼ね備えた高性能機である。 短距離型A300B2は1972年10月に初飛行した。日本エアシステム(JAS)の前身である東亜国内航空(TDA)はA300B2を国内の幹線、高需要ローカル線用として導入決定した。 A300はTDAが導入した初のワイドボディー機であり、初のエアバス機でもあった。 A300導入にあたってツールーズに赴いた当時のTDAの整備スタッフを驚かせたのはA300に採用された数々の先進的なシステムとその考え方であった。 A300の各システムは3発機、4発機と同じように2重、3重の多重性を確保して1系統が故障しても自動的に正常な系統に切り替わるように考えられている。 複雑なシステムも要所要所にコンピューターを組込んでシンプルなシステムになっている。 自動操縦装置系統のコンピューターは多重計算回路、VOTER回路を採用しこれを2重装備することによってCATIA自動着隆を実現している。 テストコンピューターもアナログコンピューター時代ではトップクラスの性能を持ち適切に故障箇所を知らせてくれるなど30年以上も前に設計されたシステムとは思えない程進んだコンピューターソフトと丁寧な設計には驚かされる、と今日までA300にたずさわった多くのJAS整備スタッフが同機を高く評価し厚い信頼をよせている。 一方でA300は信頼性向上に重点を置き他の旅客機で実績のある機器を多く使うことによって故障の減少とエアラインの利便を図っている。 エンジン、エンジンナセル、APU(補助動力装置)GEN(発電機)、CSD(定速駆動装置)、エアコンの主要部分、防氷系統、高圧空気系統はDC10-30と同じでありエアデータシステムはトライスター、油圧系統の部品もアメリカ製大型機と共通である。 この様にA300に占めるアメリカ製品の割合は約33%あり、その意味ではアメリカもA300の生産を分担しているといえる。 A300は1981年3月東京-鹿児島、福岡-鹿児島線に初就航した後、地方空港の整備とともに次々に地方路線に就航してTDAの主力機としてその実力を発揮した。 TDAの機体はA300B2K-3Cと呼ばれるモデルで、離隆性能を向上させる為、B4で採用しているクルーガーフラップを整備している。エンジンはGE社CF6-50C2R、運航乗務員は機長、副操縦士、航空機関士の計3名。 座席数は就航時281席、後に298席仕様となった。A300B2の導入総数は9機であった。 モデルはTDAで活躍当時のA300B2導入初号機のJA8464を再現したものである。 (パッケージはA300 JA8466の写真を使用) 本品はJASトレーディングから発売されましたが、JALに合併された後はジャルックスより販売されました。
飛行機模型 JASトレーディング A300Railwayfan