- Sekisentei Japanese Mineral Museum
- 46F 鉱山絵葉書 Mining Postcards
- 静狩金山 製錬場および職員社宅遠景/北海道山越郡長万部町静狩 PC019-04
静狩金山 製錬場および職員社宅遠景/北海道山越郡長万部町静狩 PC019-04
向かって右手に山の中腹まで拡がる製錬場、中央あたりに鉱山職員の社宅群が写っています。左手に広がっているのは鉱夫用の社宅でしょうか。静狩金山の発展に伴い、大正末から昭和初期までは戸数が100にも満たなかった静狩は1940年(昭和15年)には戸数1,400、人口7,000人まで拡大したとのことです。
静狩金山は、北海道長万部町静狩にかつて存在した金鉱山です。静狩近辺では1890年代に金鉱石が発見されましたが当初は操業に至らず、1918年(大正7年)になって小規模な採掘が開始されました。1923年(大正12年)に川崎造船所が買収、更に1933年(昭和8年)に隣接する来馬(らいば)、小鉾岸(おふき)の両鉱山を所有する住友合資会社により吸収合併され、静狩金山株式会社が設立されました。1934年(昭和9年)には従業員数425名となり、日量350トン処理の全泥式青化製錬所を設け、近接の礼文鉱山も買収しました。この頃年間の産金量も数十キログラム台から500キログラム台に急増し、「金湧く静狩」と称されたといいます。その後1938(昭和13年)には日量1,000トン処理可能な大型青化製錬設備の操業を開始、1942年(昭和17年)には年間産金量792キログラムを記録、翌1943年(昭和18年)には従業員数1,600人に至りました。しかし同年発出された金山整備令によって閉山となり、戦後再稼行が試みられたものの、結局本格再開されることはありませんでした。しかし、最近(2024年)になり外資系企業が新たに試掘権を取得しているようです。
