葬式無用 戒名不用  白洲 次郎の遺書

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牧山桂子著「次郎と正子」を読みました。

「次郎と正子を両親に持って思うこと」という終章に、
ある晩、知人の葬儀から帰ってきた父が、夕食のあいだ中、
葬式なんぞ下らん、訳も解からず生前付合いもなかったような奴がぞろぞろ来る。

俺が死んだら葬式はまかりならんと、
よほど腹に据えかねたのか、何度も何度も,繰り返し言い始めました。
それがうるさかったのか、
母(正子)が、「そんなら書いとかなきゃだめよ次郎さん」と言い、
あっという間に硯と墨を取り出して墨を摺り、父の前に紙を広げて筆に墨を含ませ、父に握らせました。
父は即座に「葬式無用、戒名不用」と書き、その後に我々の名前を書きました。
母は墨が乾くやいなや、畳んで封筒に収め遺言書と書かせた。・・・・と綴られています。

前後の状況は判らずでしたが、この心意気が心に響き、我家でも言葉だけがずーっと独り歩きしていました。

さて、著者は、白洲次郎・正子夫妻の長女、桂離宮に因んで「かつら子」と名付けられたとのこと、
子供の頃は厭でいやで、仕方なかったとか・・・
何か普通とは違う両親と比べてみて、知り合いの家の親たちをうらやましいと思ったことが度々ありました。

母は、歳を重ねるにつれ、歳をとるということは、「歳をとるという病気だ」と言っていた半面、歳をとるということは悪いことばかりではない、良いことも沢山あると言っていましたし、
「今にわかるよ」とも・・・

自分も歳を重ねてみていろいろなことを思うようになりました。 

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